2007年07月31日

トキカケリフレクション「青い空にかけて」ver.2(3)

この記事にはネタバレ要素が含まれています。アニメ映画『時をかける少女』をまだ見たことがない人でこれから見ようと思っている人は注意してください。この記事は前記事の続きです。ここで取り上げたトキカケの中のセリフは正確でないところがあるかもしれません。

〈まだわからない〉
――私にはまだトキカケの設定でわからないことがいろいろあります。そもそも私は物語を読んだり視聴するときは、理屈を突き詰めて考えたりしない方です。そうすると物語の展開に思考が追いつかなくなるし、それによって話がつまらなくなってしまうからです。(だから私は推理小説を読んでも推理もできず、犯人を当てることもできません。) なのでわからないところがあってもとばします。いちおうそれでも物語は楽しめるのです。最後に「ああおもしろかった」となるのはいいのですが、しかし困ったことに設定は厳密には理解できていません。なのでこのトキカケでも二回も見ても、まだまだ設定を理解していないところがたくさんあります。

あの美術館に置いてあった絵で、千昭が見たかったというあの「白梅二椿菊図」は、未来とどう関係があるのでしょうか? 千昭が言っていた「未来に野球はない」という言葉はどういう意味なんでしょうか? なぜ過去の人間にタイムリープの存在を知らせてはいけないのでしょうか? いったい千昭のいる未来はどうなっているのでしょうか? わかりません。原作のほうに何かヒントがあるのかもしれません。

未来の話ではないですが、あのタイムリープの能力をチャージするための機械についてもわからないところがあります。あの機械は、つぶしたときにチャージされるものなのでしょうか。使用済みかどうかは、中が赤く光っているかどうかで判断するのでしょうか?、真琴は千昭の手のひらの上であの機械をつぶしますが、これによって千昭にチャージされたと言うことなんでしょうか(*1)、それとも既に使用済みだからつぶして壊したのでしょうか? わかりません。

〈名台詞〉
トキカケの中に出てきた名台詞を紹介しましょう。といっても格言のようなものではなく、状況的に心に来る言葉のことです。このなかには書いていないですが、先ほど書いたラスト近くの千昭と真琴のやりとりも、名台詞でしょう。

物語の最初の方で遅刻しそうになった千昭と真琴に、口元にすずしげな笑みを浮かべながら功介がこう言います。

功介「いっそ遅刻した方が清々しいな

毒味がある言葉でありつつも、三人にはそれが許されるだけの友達関係があるということです。

お次も最初の方の場面から、功介がバットを軽く振って準備しながら

功介「チャーチャーカチャッカーカ チャーチャーカチャッカーカ チャーチャーカチャッカーカカー」(あの有名な野球の声援の曲のまね)(*2)

でもとんできたのは野球のボールじゃなくてバスケットボールでした。倒れ込む功介。

千昭に真琴の友達である早川友梨という彼女ができたせいで、功介と真琴は二人だけでキャッチボールをします。真琴がなぜ功介は彼女を作らないのかと聞くと、

功介「だって俺に彼女ができたら、真琴が一人になっちゃうじゃん

腰に手を当て(だったかな?)、真琴の方を見ます。

次は千昭、「人をバカというなんて失礼だな」と千昭が言った後、真琴が「でもいつも千昭は私のことバカって呼ぶじゃん」というと千昭が一言、

千昭「俺のは愛情表現だから。

千昭は冗談で(実際はそうではない)言ったつもりだったのですが、しかし千昭の告白を知っている真琴は、固まります。そしてその固まっている真琴を見た千昭は「なんだよつっこめよ、寒ぃだろ」といいます。

次は

真琴「よっしゃ!

です。これはタイムリープの能力を使って功介と後輩藤谷果穂の出会いを取り持とうとして、いろいろ工夫した後に成功して言う言葉です。ガッツポーズつき。

その次は真琴が千昭に思いを告げるため、千昭を未来に帰れるようにするため、タイムリープして、そのタイムリープ中に千昭に関する回想シーンが現れるところです。

功介(?)「おい、聞いたか、あいつ今真琴って呼んだぞ

劇中には実際のその場面としては出てきませんが、この回想シーンで真琴と千昭の出会いと、その後友達になるまでが明らかになります。今は仲の良い千昭も最初は真琴のことを名字で「紺野」と呼んでいたようです。

最後は、千昭が時を止めた状態で、「明日から俺、姿くらますから」といい、真琴が「あたしの浴衣姿見たくないってわけ?」と聞くところです。

千昭「ごめん、それちょっと見てえ。

しかし千昭は時間を動かして交差点の人混みのなかに消えていきます。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後分として載せるつもりです。

*1:私が書いたこの記述はたぶん間違っています。この記事を読んだ人、すみません。機械がつぶされたときは既にこれは使用済みでした。真琴がタイムリープで過去に戻って千昭のもとへ走ったのは、私が勝手に考えていた、未使用の装置を千昭が使えるように持って行くと言うことではないです。これは、真琴が「千昭だって同じはず」と言っていたとおり、真琴が時間を戻して千昭のチャージを回数が残っている状態に戻すためと言うことです。
*2:正確には「チャ」と「カ」ではなく両方とも「チャ」です


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2007年07月28日

トキカケリフレクション「青い空にかけて」ver.2(2)

#この記事にはネタバレ要素が含まれています。アニメ映画『時をかける少女』をまだ見たことがない人でこれから見ようと思っている人は注意してください。この記事は前記事の続きです。

〈作品設定〉
――この『時をかける少女』は筒井康隆の同名小説が原作です。アニメ映画版では、原作の約20年後の現代を物語の舞台にしています。ヒロインも現代の高校生です。ちなみに原作の主人公芳山和子もアニメ映画版主人公の紺野真琴の叔母として登場しています。和子は真琴の良き相談役です。

このトキカケのなかで一番重要な要素といえばもちろん、「タイムリープ」でしょう。映画を見た方はわかると思いますが、タイムリープとは過去(に限らないらしい)の時間に跳んだり、あるいは時間を止めたりできる能力のことです。時間を跳ぶと同時に場所もとぶことができます。タイムリープの能力を身につけた主人公紺野真琴は、最初は遅刻を回避したりなどささやかな私利私欲のためにその能力を使います。が、男友達である千昭からの告白など、大事な部分でもこの能力を使い、この告白をなかったことにしてしまいます。この映画の見所は、千昭の告白をタイムリープでなかったことにしてしまった後、告白するはずだった千昭の心中を真琴が察し、自分の千昭への恋心に気づくところです。

〈プロット〉
この映画を見始めた最初の時点で感じたのは、主人公達の軽妙洒脱な会話です。主人公の真琴・その男友達の千昭と功介の会話がとても軽妙なやりとりで、私にとっては楽しく感じられました。私は今自作中編小説を書いていますが、会話の洒脱さが足りません。このトキカケ並みの洒脱な会話が私の小説にも欲しいものです。

劇中で真琴はタイムリープの能力を使ってカラオケで10時間踏ん張ったり(当人談)、遅刻を回避したり、ボランティア部の後輩藤谷果穂の功介への告白を、タイムリープの能力を使って取り持とうとしたり、(何度も失敗するが最後は成功する)、存分にタイムリープの能力を利用します。特に果穂の功介への告白を取り持とうとする場面では、真琴が本来タイムリープがなければ知らないはずのこと(果穂が功介を好きになった理由など)を果穂達の前でしゃべってしまったりするところがおもしろいところです。

先ほども書きましたが、真琴は千昭からの告白もタイムリープでなかったことにしてしまいます。千昭の告白を聞いた後の場面中の、真琴の千昭へのぶっきらぼうな態度は、見てる方としてはなかなかに笑えてしまうような感じもしますが、でも同時に切なく感じるところかもしれません。

このトキカケの中でもっとも重要な場面といえるのは、功介とその彼女になった藤谷果穂が真琴の壊れたブレーキのきかない自転車に乗って坂を下り、電車の近づく踏切に突っ込む場面でしょう。真琴はタイムリープの能力を使い切っていてそれを戻すことはできません、あわやという時、実は未来人だった千昭が能力を使い、自転車の二人は事なきを得ます。

私はWikipediaで事前知識を仕入れていたので、特に原作に関わるストーリー設定は知っていました。なので、功介か千昭のうちどっちかは未来人だろうと見当を付けていました。でも自分の予想では功介が未来人ではないかと勝手に推測していたので、千昭の方が未来人だとわかったときには、ちょっと驚きました

真琴が千昭のもとへタイムリープするときの回想シーンの中で、心に残ったシーンがありました。シトシト雨を受けながら咲くアジサイの道を、三人で一つの傘に入りながら歩いていく、その後ろ姿を映した場面です。このシーンは非常に情緒的であると思いますし、三人の仲の良さ、友達としての優しさが表れていると思います。

このトキカケの中で一番ロマンチックなセリフを取り上げるとすれば、この二つでしょう。ラストの近くで、千昭が真琴の顔を引き寄せながら、ささやきます。

千昭「未来で待ってる――」
真琴「うん、すぐ行く、走っていく」

言ってくれますね! この言葉のおかげで真琴は心残りなく青い空を見上げながら、さわやかな気分でエンディングを迎えます。この言葉からこのトキカケのキャッチコピー「待ってられない未来がある」の意味が明らかになります。最初私は一般的な意味としてだけ捉えていたのですが、物語とも実際にリンクしているのだとわかりました。このセリフの場面は、ちょうど真琴がなかったことにしてしまった千昭の告白の時と同じ、夕日に照らされて光る川の背景です。――


この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後分として載せるつもりです。
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2007年07月25日

トキカケリフレクション「青い空にかけて」ver.2(1)

#この記事にはネタバレ要素が含まれています。アニメ映画『時をかける少女』をまだ見たことがない人でこれから見ようと思っている人は注意してください。この記事は新しいバージョンの記事に更新したものです。

〈はじめに〉

7月21日、フジテレビ系列で劇場版アニメ『時をかける少女』(以下トキカケ)が放映されました。「アンテナ」にも書いていたのでこのブログをいつも読んでいる人は知っていますね。私はMacのカレンダーソフトであるiCalに何週間も前からこの予定を書き込み、楽しみに待ってました。(関係ない話ですが、おかげではじめてiCalの使い方を知って、他の予定でも非常に役に立っています。)

〈はじめてトキカケを知ったとき〉

私がトキカケを知ったのは、たしか新聞にこのトキカケを紹介していた記事を読んだのがはじめです。コンピュータ会社アップルのサイト『QuickTime Trailers』でも予告篇が配信されていました。この予告篇はだいぶ前からあるもので、これがどこか心に残っていたのですが、私はずっとはこの映画のことは忘れていました。最近もう一度その予告篇を見、トキカケの公式ホームページを調べてみて、今回の放映を知ったわけです。

〈トキカケへの期待〉
この『時をかける少女』は名作だ名作だと言われていたので、期待はしていたにはしていたのですが、「期待すればするほどつまらなく感じるだろうなあ」と思っていました。最近はそうでもないですが、昔はよく期待していた番組が実際に見てみるとあまりおもしろくないなんてことがありました。なので、本当におもしろい作品なのかどうか心配していたのです。でも実際見てみるとそれが全く心配無用だと言うことがわかりました。やはりこの作品は名作だったのです。小泉前首相じゃないですが、この作品には感動しました。

私は予告篇を何度も見たので、劇中の場面もその予告篇に含まれている場面ばかりでちょっと飽きるのではないかとも思ってましたが、これも心配無用でした。ちゃんと予告篇にない場面もたくさん含まれており、バリューがありました。

〈録画苦労話〉
わたしは確実にこのトキカケを見るためにいろいろと努力をすることになりました。先ほども言ったとおりMacのiCalに数週間前から予定を付け、何日も前に新聞の一週間の予定テレビ表を確保して、前日にGコードで(時間設定の方法でも問題なかったでしょう)予約録画したのです。しかしこの予約は家族の誰かによって取り消されてしまったので、もう一度放送当日に予約しました。(アブないアブない。) うちはまだDVDレコーダーというものがなく、ビデオデッキですのでテープは二時間以上録れるように3倍に設定しました。でないと2時間以上ある映画ですので最後が切れてしまうでしょう。このことに録画中に気づいたので、あらかじめ3倍で予約設定していたかヒヤヒヤものでしたが、ちゃんと3倍になっていました。できれば当日にで見たかったのですが、父親がサッカーを見るというので、次の日である今日(7月22日)の朝に見ることになりました。もしビデオがちゃんと録れてなかったらTSUTAYAに行って借りる覚悟でしたが、一応ちゃんと録画できていたので、その必要はなく助かりました。

ビデオテープが新しいものがなかったので、使い古したテープの中から適当なものを選んで録画に使いました。前使ったときにそんなに劣化があるように思えなかったので、そんなに画面は乱れないはずだと思っていましたが、実際は視聴するときに画面がかなり揺れました。DVDならこんなこともないんだと思いますが、ビデオでは仕方がないでしょうか。表示が乱れたビデオの映像には慣れているのでどちらかというと気にならなかったと言えばそうですが、画面が乱れるのはテープの最初の方だけと思っていたので最後の方ではちょっとイラッとしたのも事実です。(テープのうち最初の方は前に入れた番組が何遍も書き直されているためテープの劣化が激しいだろうと考えたためです。)――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後分としてに載せるつもりです。 
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2007年07月22日

お知らせ:トキカケリフレクションは作業中です。

先日テレビ放送されたアニメ映画『時をかける少女』のレビュー『トキカケリフレクション(仮)』は作業中です。掲載は数日待ってください。
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英語の意味変換図

私は中学の頃もちろん学校で英語を勉強していたわけですが、そのほかにもラジオでNHKの基礎英語とかを聞いていたせいで、いろいろな英語の勉強法に触れました。なのでいつも「英語はこう教えた方が生徒にはわかりやすい」などと言ったことを考えながら授業を受けていました。

そして以下の図は私が見つけた(既に知っている人もいるかもしれませんが)ある見方から見たときの英語の仕組みを表したものです。

英語の意味変換図

英語をはじめとする言語には、それをやりとりするための媒体として「音としての言葉」と「文字」があります。そして英語を理解するとは、それらを意味に変換するということです。また、逆を言えば英語を喋ったり書いたりするとは、意味を言葉に変換すると言うことです。つまり文字から意味への変換は"Reading"、意味から文字は"Writing"、音としての言葉から意味は"Listening"、意味から音としての言葉は"Speaking"と言った具合にです。

そしてその変換作業を行うために文法や発音や単語と言った要素が必要になるわけです。
ラベル:english
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2007年07月18日

未来情報処理人間不要論

前私はこのブログで「パソコンの進化は遠い将来止まる」と書きましたが、またまた大予言をします(全く当てにならないものですが)。今度の大胆未来予想は、

「遠い将来、情報処理に人間は不要になる」

と言うものです。いったいどういう意味か説明しましょう。現在、コンピュータは人間が使うツールとして進化しています。人間の能力の足りない部分をコンピュータが補っているわけです。たとえば膨大な数の表計算を素早く計算することは人間の能力では難しいのでコンピュータを使って行います。しかし、コンピュータが進化したらどうでしょう。人間が行う作業までコンピュータが行えるようになったとしたら? 例を示しましょう。たとえばデザインなんかどうでしょうか。現在はたとえコンピュータのソフトを使うとしても、それはデザイナーのイメージを書き起こすためのものであくまでもデザインのアイデア自体は人間が考えて決めています。これが将来コンピュータがデザインのアイデアを作り出せるようになったとしたら? デザインという作業に人間はいらなくなります

今現在でもコンピュータ処理の自動化というのは行われていることです。たとえばXMLとソフトを使って自動的に雑誌をデザインするとか(これは未確認情報)、音楽ソフトで自動的にメロディーを作成するとか、デジカメ内の回路で自動的に写真の中の人の顔を認識して写真を補正するとかです。ほかにもあなたの身近なワードプロセッサでアウトラインから自動的に書類をデザインする機能はありませんか? 今現在の自動化とは一部のコンピュータに詳しい人がプログラミングで自動化するためのソフトを作ることにより、一般の人が考える必要がなくなるというものが大半です。しかし将来的にはプログラミングまで自動で行ってくれるソフトというのが出てくるのでは?と私は考えているわけです。この機能を持ったソフトを作れと概要を命令するだけでコンピューターが自動的にソースコードを組み、今のコンピュータでは気づかないような細かい気遣いのある仕様を付け、バグも見つけて処理してくれるとか。こんなことができるようになるためにはコンピューターの回路の人間脳化が必要ですが、遠い将来には可能になるかもしれません。

小さい頃読んだ漫画に『ドラえもんとのび太の不思議の迷宮(ラビリンス)』と言う漫画がありました。そのシナリオの中で人間は機械に依存し、人間としての能力を失い(たとえば歩くとか)、ロボットの反乱によって強制収容所に入れられてしまいます。現実の世界、ロボットは人間によって作られるものだから反乱など起こすことはないと言われるかと思いますし、それはそうだと思いますが、しかし、どこまで機械に依存して暮らすのかはこれからの社会では問題です。

技術というのはどこまで進んで良いのでしょうか。大抵今までの技術進化は人間に豊かな生活をもたらしてきました。公害などの問題もありましたが、それを克服し人間は進歩してきたのです。しかし、これからより技術が進歩すると、世界の均衡を破り人間の存在を脅かすような技術が現れるかもしれません。原子爆弾がそうでした。人間には自らの手でその技術進歩を止め、現状満足しなければならない日が来るかもしれないのです。そして、私はこの今現在が、人間とパソコンがもっとも良い関係を築けている一時的で戻ることのできない幸福な時代なのではないかと思います。■

2007.5.3
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2007年07月15日

Automatorメモ(後)

この記事は前記事の続きです。

――二つ目に作ったワークフローは画像ファイルフォーマットの変更をするワークフロー。私は大抵PNGで作業するので、時々JPEGなどに変換しなければいけないときがあります。Automatorを使えば複数の画像ファイルが一度に変換できます

ファイルを選択するときは「選択されたFinder項目を取得」アクションを使うといいでしょう。ワークフローを実行したときにFinderで選択されている項目を自動的に取得します。

三つ目はファイルを一度に印刷するワークフローです。印刷には『プレビュー』を使いますが、ここで注意しなければいけないことが二つ。印刷するファイルを指定するとき先ほどの「選択されたFinder項目を取得」アクションを使ってもいいのですが、ファイルの誤選択を防ぐために、私は「Finder項目の選択を求める」アクションで、ファイル選択ボックスでファイルを選択するようにしました。ここでは「複数選択を可能にする」にチェックを付けましょう。また、「イメージをプリント」アクションの前に、「プレビューでイメージを開く」アクションを配置しましょう。少なくとも私の環境ではそうしないと、プリントキューでジョブはたまっても印刷されません。

モノクロ印刷するときなど、普通のプリントダイアログなどではオプションを設定することができますが、Automatorではそれらのオプションは設定できないようです。■

おまけ:もう一つの注目機能で大変便利なSpotlightですが、時々ちゃんと検索してくれないことがあります。あるはずのファイルがヒットしなかったり。どうにかならないかなぁ。
posted by whitecaps at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | コンピューター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月11日

Automatorメモ(前)

思えばMac OS X Tigerが発表されたとき、最大の目玉機能はSpotlightAutomatorでした。今、Spotlightはいつでも使うとても重要な機能となっていますが、Automatorの方はあまり使っていません。もったいないなと思いながらもそんな状況が続いてきたのですが、最近やっと3回ほどAutomatorワークフローを作成する機会がありました。

どんなワークフローか書きましょう。一つ目はAutomatorワークフローの王道、画像のリサイズを行うワークフローです。これまで画像のリサイズは私はGIMPを使っていちいち一枚ずつ加工していたのですが、そういえば画像のリサイズはAutomatorでできるんだっけなあと気づいて、作ってみました。

AutomatorではGIMPのように詳しい画像編集の設定はできません。画像を切り抜いたりはできないのです。しかし、生成後のファイル名に自動的に日付を付けてくれるなど、自動化のできる部分では能力を発揮します。「日付のついたファイル名だけでは内容がわからない」と満足できない場合は手動でリネームするしかありませんが……。

たいてのワークフローを作るときに注意するのは、「Finder項目をコピー」アクションです。Automatorでは基本的に画像のリサイズなどファイルを編集するときは、対象のファイルを直接編集します。編集後のファイルが生成されると共に元のファイルは消滅するのです。これを防ぐために、大抵の場合編集をする前は「Finder項目をコピー」アクションで、編集するためのファイルをデスクトップなどにコピーしておきましょう。このことはワークフロー作成時に自動的に指摘されるので、シートの指摘に従って「Finder項目をコピー」アクションを挿入します。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。

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2007年07月08日

Compass Engine(1)『理性は本能を抑えるか――(後)』

この記事は前記事の続きです。(前記事とは「お知らせ」を抜いて前記事という意味です。)

――もしこれら考えが、「人間は目的を達成するためには一部の欲求を抑えることもある」と言う意味ならばいい。しかし「人間は本能を抑えることができる偉い存在である」と言う意味ならば、私に言わせればそれは間違えなのだ。なぜだろうか。

オリの中の動物行動実験に戻って考えてみよう。犬はフェンスを回り込んでエサにたどり着くことができた。でも、これは本当に本能を抑えられたからエサにありつけたのか? そう、もしエサを食べたいという本能を抑えたならば、犬はエサを食べる気をなくして、最初の位置から一歩も動かないはずではないか。(あるいは全く実験の趣旨と関係のない方向に向かって歩くかもしれない。) つまり結局エサを食べた犬は、エサを食べたいという本能は抑えていないのである。

じゃあ、「ニワトリと犬の違いはなんなのか」と聞かれれば、それは確かに理性だと言えるだろう。でも、その理性は本能を抑えたのではない。「エサを食べたい」という本能からの要求をキャッチして、本能を達成するためにフェンスを回り込むという知恵を行動に与えたのである。理性とは本能を達成するための高度な思考活動なのである。

たとえば、太ると嫌だからたくさん食べるのをやめるというのは、一見本能を抑えているように見えるが、太った結果として起こる健康被害を避けるために、理性が働いて食べるのをやめるのである。ここで皆さんは「やっぱり理性が本能を抑えてんじゃん」と思うかもしれない。しかしこれは食べ物に関しては本能を抑えているものの、快楽のある(つまり健康な)生活をしたいという全体としての本能はかえってこれによって達成されるのである。

人間は本能を抑えられるから偉い、なんてのは人間を中心にした考えかたである。これはよく言われるが、人間も本能のまま生きている動物の一つの種に過ぎないのである。「理性は本能を抑えない」。わかっていただけただろうか。■

(2007.7.3)
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2007年07月07日

お知らせ:タグクラウドについて

見た方はわかると思いますが、このブログのタグクラウドは非常に混雑していて、見にくいです。今現在このブログの管理人である私は、記事に「とにかく何でもタグを付ける」方針をとっており、そのため非常に統制のとれていない乱雑なタグクラウドとなっています。この方針は今のところ変更の予定はなく、タグを整理するつもりも今のところはないので、この状態は長く続くことと思われます。ご了承ください。
ラベル:タグクラウド
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2007年07月05日

Compass Engine(1)『理性は本能を抑えるか――(前)』

私は中学生の時に社会科の先生から「本能と理性について」講義を受けた。その講義の内容は以下のようなものだった。

「ある学者が実験を行った。まずオリの中にフェンスを用意して、フェンスの手前側にはニワトリを、フェンスの向こう側にエサを置いた。そのままエサに直進してもフェンスのせいでエサにはくちばしは届かずニワトリは餌を食べることはできないが、フェンスは回り込めるようになっており、回り込むと餌を食べられるようになっている。しかし、ニワトリは知能が低くて理性がなく、本能のままエサに直進するので結局餌は食べられなかった

次に今度はニワトリではなく犬を配置してみる。犬は理性があったので、本能を抑えることが出来、フェンスを回り込んで餌を食べることができた。」

すなわちこれから導き出した先生のこの事象に対する答えは、「本能を抑えることができるようになったほうが人間もなにかと偉い」といった感じのことである。ほかにも、こんなことも言っていた。「理性は大脳から生み出されるものであり、脳の中心部から生み出される本能を抑えている」と。つまり、「頭のいい人は大脳が発達しており、理性によって本能を抑えることができる。みんな(講義を聞いていた生徒)も、よく勉強して、本能を抑えることができるようになり、社会的な行動ができるようになりなさい」といっていたのだ。

高校の現代社会の教科書にも載っている。ドイツの哲学者カントによれば、人間は動物とは異なり理性を持っており、この理性は、「欲望に流されることなく、人間ならば誰でもこうしなさい」と命じる道徳的な命令を発する能力を持っている。また、教科書はこういっている。「わたしたちは、自由というと、ともすると、欲望や衝動のままに勝手気ままに行動することを考えがちである。しかし、そのようなあり方は動物の行動と基本的に異なるところはなく、結局は自然の制約に従っているに過ぎない」――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。
ラベル:社会
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2007年07月02日

Against - Spotlight Reflection ComicVisual

Against - Spotlight Reflection ComicVisual

一ヶ月ほど前に買った漫画作成ソフトComicStudioで一枚ものを描いてみました。私が書いている自作小説のキャラクター達です。なにぶん立体が描けないものでつまらない構図かもしれませんがご容赦を。ほんとは手前の女性が読んでいる本は『罪と罰』なのですが、まだ絵の中に題名は描き込んでません。
posted by whitecaps at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | CG | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする