2007年10月28日

アプリケーション・インタフェース(3)

この記事は前記事の続きです。

◆ ◆ ◆ ウィンドウ構成

――インタフェースの主なタイプは二つに分類できます。

マルチウィンドウとシングルウィンドウ……その必要がないソフトもありますが、ソフトは物によっては複数のドキュメントを開かなければいけないことがあります。その時ドキュメントウィンドウを複数表示するものをマルチウィンドウといい、一つのウィンドウだけで済ませるかあるいは、付属するコンポーネントをメインウィンドウの中に一緒に表示するソフトをシングルウィンドウといいます。最近はシングルウィンドウのソフトが多くなってきているようです。

シングルウィンドウはどちらかというと画面の取り方に無駄がありません。マルチウィンドウはすけすけですが、シングルウィンドウはスプリッタなどを利用することによって最大限画面のスペースを利用できるようになっています。また、マルチウィンドウでは各々のウィンドウが自由に動きます。マルチウィンドウは時々ウィンドウの下に入った別のウィンドウを見たくて手前のウィンドウを動かさなければいけないのが煩わしいですが、ドキュメントウィンドウが非アクティブになっているときはユーティリティーウインドウを隠すなどのインタフェース上の工夫もあります。

フルスクリーンも時々使われることがあります。iPhoto(私が持っているのより新しいやつ)ではフルスクリーンで写真を表示して、HUD(半透明の黒いウィンドウ)で編集することができます。画面を隅々まで使いたいときは効果を発揮しますが、他のアプリケーションのウィンドウとの連携はしづらくなります。

◆ ◆ ◆ 具体例

インタフェースのタイプを主なソフトを例にしてまとめてみます。

IllustratorやPhotoshopはマルチウィンドウ方式の中でもっとも完成度が高いものであると言えます。何もIllustratorじゃなくてもテキストエディットでもマルチウィンドウ方式(Xcodeではドキュメントベース・アプリケーションともいう)ですが、Illustratorのそれは多彩な編集をするために特化されています。ツールボックス、そしてパレットは目立つでしょう。そしてCS2からはコントロールパレットが表示されるようになりました。

イラストレータのスクリーンショット
イラストレーターのスクリーンショット:
左に見えるのはツールボックス。右に見えるのはパレット。上に見えるのはコントロールパレットです。(期限切れの体験版しか持っていないのでドキュメントウィンドウも写っていないこんな質の悪いスクリーンショットになってしまいました。)


ArtRageは特徴的なインタフェースを持っています。Illustratorで言うパレットに当たる物は、画面の隅に配置され、丸みを帯びたそれぞれが特定の形を持っています。基本的にドキュメントはフルスクリーンで表示されます。ドキュメントをウィンドウ形式で表示することもできますが、この場合もドキュメントウィンドウの中にパレットが表示されます。ArtRageをフルスクリーンで使うときはDockが邪魔になるでしょう。現段階では手動でDockの設定から[自動的に隠す]を選ぶのが解決策ですが、できればフルスクリーン時に自動的にDockが隠れるようにして欲しいものです。

ArtRageのパレットは、ArRageで絵を描いている最中にペン先(カーソル)がパレットに重なりそうになっても、パレットが自動的に隠されて描画の邪魔をしないようになっています。また、AdobeのLightroomはパレット格納されている状態で画面端のバーにカーソルを合わせるとパレットが出てきて、カーソルを展開したパレットから離すとまた格納されます。つまり使うときだけパレットを表示するということも出来るインタフェースになっているわけです。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。


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2007年10月25日

アプリケーション・インタフェース(2)

#この記事ではアプリケーションのインタフェースについて記してあります。インタフェースのそれぞれの名前に関しては、ちょうどいい適切な名前がないものが結構ありましたので独断で名付けています。


この記事は前記事の続きです。



  • コントロールパレット(ツールコントロールバー):画面上部に表示されるバー。選択しているオブジェクトによって中の設定項目が変化する。ツールバーの可変版。

  • アシスタント:画面の開いているところにキャラクターを表示し、操作上のヒントを示したり、ヘルプ検索の窓口の役割を担うこともある、遊び心あふれるインタフェース。アシスタントが使われているソフトとしてはMS Officeが有名。

  • ステータスバー:画面下部に表示されいてる、情報を表示するバー。操作上のヒントを示したり、操作上の現在の設定などを示したりする。

  • インスペクタ:メインウィンドウで選択されている項目に関して、設定をするというインタフェース。フローティングウインドウで表示され、メインウィンドウの選択項目によって内容が変化する。(さらにタブなどで設定のカテゴリーを切り替えられるようになっている。) リアルタイムに設定が反映される。

  • ツールバー:コマンドバーを参照のこと。MacではツールバーはWinのものより大きめで、大きめのアイコンの下に文字が表示される形式になっている。ボタン領域が大きいのでマウスで選択しやすい。文字が表示されていると場所はとるが、そのアイコンが何を表しているかはわかりやすい。(ツールチップを使えばいいという気はしますが……。)

  • ドロワー:メインウィンドウの横から開閉するパネルのようなもの。引き出しのように見えることからこの名が付いている。Mac独特のインタフェース。

  • メインウィンドウ:編集中のオブジェクトを視覚的に表示する編集の要。ドキュメントウィンドウ。

  • リボン:最新のMS Officeに採用された新インタフェース。メニューレスと言うことだが、私はまだ使ったことがないので使いやすさは不明。

  • シート:メインウィンドウに複数の項目を表示させたいときにつかうタブのようなもの。メインウィンドウ内下部に表示される。

  • タブ:これは編集ソフトではないが、Firefoxなどでは使われている。本来複数のメインウィンドウを表示しなければいけないところを、一つのウィンドウにまとめることができる。

  • パネル:マクロメディア製品やOffice:macに採用されている、パレットに似たインタフェース。パレットと違い、それぞれのウィンドウが一つの列(パネル)にまとめられ、表示するアイテムが多くなりすぎて画面からはみ出しそうになったときは、自動的に使っていないアイテムが格納される。GIMPのドックもこれに似ている(GIMPのドックに自動的にアイテムを格納する機能はない)。

  • ダイアログボックス:いわずとしれたダイアログボックス。ソフトからユーザーにメッセージを表示するのに使われる。ユーザーからの応答があるまでソフトの動作が停止するモーダルダイアログボックスと、停止しないモードレスダイアログボックスとがある。

  • シート:このシートはExcelやNeoOffice Calcで使われているシートのことではなく、Mac OSXのインタフェースで使われている特殊なダイアログボックスのこと。タイトルバーがない代わりに、他のウィンドウのタイトルバーの下からそのウィンドウに付随する形で現れる。親ウィンドウを動かすと一緒にシートも移動する。


この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。

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2007年10月22日

アプリケーション・インタフェース(1)

#この記事ではアプリケーションのインタフェースについて記してあります。インタフェースのそれぞれの名前に関しては、ちょうどいい適切な名前がないものが結構ありましたので独断で名付けています。


◆ ◆ ◆ はじめに

たちは日頃いろいろなソフトを使っています。画像を編集するときも、音楽を聴くときも、ホームページを見るときも、使っています。そして私は、時々ソフトが思い通りに動いてくれないと、もっとこう改善してくれればいいのになと思ったりもします。技術は高度でしっかりしているのに、インタフェースが悪いばかりに使いづらいなんてソフトがよくあります。そこで、この記事では、主にデータの編集に使われるデスクトップアプリケーションのインタフェース構成とその使い方における特徴についてまとめてみたいと思います。ちなみに想定環境はMacです。

◆ ◆ ◆ コンポーネントの種類

まずはインタフェースにどのような部品があるか、示しておきたいと思います。大抵、アプリケーションのインタフェースは以下のようなコンポーネントで構成されています。

  • メニューバー
  • コマンドバー
  • ツールボックス
  • パレット
  • コントロールパレット(ツールコントロールバー)
  • アシスタント
  • ステータスバー
  • インスペクタ
  • ツールバー
  • ドロワー
  • メインウィンドウ
  • リボン
  • シート
  • タブ
  • パネル
  • シート(Macのダイアログボックス)
  • ダイアログボックス


一つずつその特徴を見ていきましょう。


  • メニューバー:言わずとしれたメニューバー。WinやUnix、Linuxではメニューはメインウィンドウ内の上部分に配置されているが、Mac OSではデスクトップ全体における上部――つまりウィンドウとは別――に表示される。メニューバーは階層化されていることと、一般に文字だけ(アイコンがメニューアイテムの左端に表示されていることはある)で構成されるため、大量のアイテム(メニューコンテンツ)を含むことができる。


  • FreeMindメニュースクリーンショット
    FreeMindのメニューのスクリーンショット:
    メニュー項目の文字の横にアイコンが表示されているものがあります。


  • コマンドバー:「コマンドバー」とはInkscapeにおける呼び名。Wordなどではツールバーとも言う。やや小さめのアイコンが横に連なってバーとして表示される。おもに、ショートカット的に、よく使う操作にアクセスするために使われる。何を編集するかによって、ツールバーを追加して使うこともある。また、メインウィンドウのなかの選ばれたオブジェクトによって個々のボタンが選択可能かどうかは変化するが、中のアイテムが変更されるわけではない。

  • ツールボックス:画面左端に配置されることが多い。ここでツールを切り替えることによって、カーソルが行う作業を決定する。メインウィンドウでオブジェクトを選択してからツールバーなどで設定するのとは逆の順序の使い方である。

  • パレット:大抵画面右部に表示されるインタフェース。メインウィンドウで選択したオブジェクトの属性を設定したり、ここからドラッグ&ドロップなどで、メインウィンドウにオブジェクトを新規に配置したりできる。パレット同士のレイアウトはパレットを並べやすいように吸着するようになっていることもある。



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2007年10月18日

アンテナアーカイブ07年9月〜10月分

アンテナアーカイブ07年9月〜10月分

アンテナの記事がたまってきたので、エントリーとして掲載します。アンテナ本体の方はリセットします。2007年9月頃から10月頃(現在)までの記事です。アンテナ本体の方はリセットします。これらの記事には現在の情報と合致しない古い情報が含まれている可能性があります。

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Leopard発売日決定……ついにMac OS X 10.5 Leopardの発売日が決定しました。発売日は10月26日です。Leopardには多彩な新機能とアニメーション効果が組み込まれるようですが、自分のiBookだときっと重いのでしょう。インテルMac欲しいなあ……。(2007.10.17)

デス・マーチ……アニメファンとしてまず思いつくのは、アニメアイシールド21に出てくる、アメリカ大陸横断の地獄特訓。しかし、コンピュータ用語としては「ソフトウェア産業における過酷な状況にあるプロジェクト」(Wikipediaより)も意味する。(2007.7.31→10.15)

エスペラント……ルドヴィコ・ザメンホフが考案した人工言語。第二言語として国際補助語を目指してつくられた(Wikipediaより)。私はエスペラントの存在はじめてを知ったとき、言語を人の手で作ってしまうと言うことに驚きました。ちなみに私はその存在を知っているだけでエスペランティストではありません。(2007.10.7→13)

AdobeRGBとsRGB……RGBとはRed・Green・Blueの三種の色の混ざり具合の数値で色を表現する方法。AdobeRGBは標準のsRGBより再現できる色の範囲が広いが、画像処理ソフトなどでAdobeRGBで書き出した画像を、Firefoxで表示すると彩度が低く色褪せて見える。これはFirefoxがAdobeRGBに対応していないことが原因だと思われる。これを回避するには、画像処理ソフトでsRGBで指定して書き出す。ちなみにプレビューやSafariで表示するとAdobeRGBでも元と同じ色合いで表示される。(2007.10.7→12)

マリンスノウ……音楽ユニットスキマスイッチの歌。マリンスノーとは深海で上から降ってくる白い雪のように見えるもので、その正体は海の上層部でのプランクトンの死骸が集まったもの。このマリンスノーと失恋という一見関係のないようなものをリンクさせて作曲作詞しているところはさすがだと感じさせられる。PVも曲の世界観を示していて秀逸。(2007.10.7→11)

ブリッジ……放送時間の前後する二つのアニメ番組を繋ぐ短いCMのようなコーナー。私が「繋ぎ」と呼んでいたものの正式名称らしい。アイシールド21からBLEACHへ、あるいは結界師からコナンへ、など様々な番組で使われている。(2007.8.12→10.8)※結界師は現在放送時間が変わってコナンの前の時間枠ではなくなっています。

Macにおけるaiファイルの表示可能なアップルのアプリケーション……本来Adobe社のアプリケーション(イラストレータ)のファイルフォーマットであるaiファイルだが、Adobeと親密な関係にあるアップルのアプリでもaiファイルを表示できるものがある。そのアプリケーションとは、プレビューとQuickTime Player。 (→2007.10.6)

パブリックドメイン……著作権が放棄された、あるいは存在しないコンテンツ。あるいはそのライセンス形態。著作権は(日本などでは)その作品を作った人に自動的に発生するものだが、この著作権を放棄して、誰でもどのような形でも自由にその作品を利用することができるようにしたライセンス形態がパブリックドメイン。リンクはWikipediaへ。(2007.8.12→10.4)※このブログのコンテンツはパブリックドメインではありません。

チャングムの誓い……韓国ドラマの一つ。韓国王朝時代を舞台に、宮廷の女官として生きる聡明な女性チャングムを描いている、日本で言う大河ドラマ。現在NHK BSで完全版を放映中。その放送では現在、チャングムは医女となるために医術の勉強をしている。(→2007.10.2)

Corel Painter……プロ向けペイントソフト。アナログ画材を忠実に再現し、油絵風の絵など本物顔負けの絵を描くことができる。写真をレタッチするPhotoshopなどとは違ってブラシを使って自分で絵を描いていくのがこのソフトの特徴。現在のバージョンはX(テン)。廉価版のEssentialsもある。体験版が配布されている。(2007.7.30→9.30)

『あんなに一緒だったのに』……アニメ『ガンダムSEED』で第1期エンディングとして使われていたSee-Sawの歌。この曲が使われているシーズンのガンダムSEEDのエンディングアニメーションは、最初から最後まで絵が横スクロールしていくもので、その後もガンダムSEEDでよく使われた形式のアニメーションになっている。(→2007.9.28)

CoverFlow……アップル製ジュークボックスソフトiTunesの、アルバムアートワークの表示方法の一つ。黒の背景に浮かぶアルバムアートワークを、パラパラとめくる感覚で立体的に表示することができる。アートワークには床面への映り込み効果も。秋に発売されるMac OS X LeopardのFinderにはこのCoverFlow機能が搭載される予定。(2007.7.9→9.26)

and I love you……コンピューターウイルスのこと(古い?)ではなく、数年前にリリースされたバンドMr.Childrenの歌。アルバム『四次元 Four Dementions』ではPVもCDの中にエクストラトラックとして収録されている。これ一つだけ聴いても素直すぎる表現に食べ飽きるかもしれないが、私個人的にはFour Dementionsの前のトラック『未来』や後のトラック『ランニングハイ』と一緒に聴くと適度に歌詞のニュアンスが打ち消され、かえってそのメロディーと歌詞が光って聞こえるので良いと思っている。(→2007.9.24)

iPod touch……ご紹介が遅くなりましたがiPodの新シリーズが登場。iPhoneの電話機能なし版とも言えるiPod touchが発売です。iPod nanoも頭からつぶされたような四角いずんぐりむっくりに(?)リニューアル。人によってはiPod touchは画面を見ないと操作できないので良くないという人もいますが……。(2007.9.15→22)

劇場版BLEACH MEMORIES OF NOBODY……たしか(記憶が定かでない)2006年公開のBLEACHの映画。兄がDVDを買ってきたので見させてもらいました。準主人公とし茜雫(せんな)という少女の死神が出てきます。突如ソウル・ソサエティーの空に現れた現世を映し出す大きな穴。それが世界崩壊を引き起こすという……。茜雫の正体は? 一護は世界を、そして茜雫を守りきれるのか?(2007.9.16→20)

Web Developer Toolber……FirefoxのWeb開発者向けの拡張機能。様々な機能があるが、まだ私は使いこなしていない。HTMLの構文のエラーをチェックするサイトを利用するツールバーの項目もある。ちなみにまずこのサイトでエラーなしの結果を表示させるWebサイトはないだろうと考えられる。(2007.7.31→9.18)

カラブリ+……漫画BLEACHの特別版。COLORFUL BLEACH〔徒然日常絵詞〕と瀞霊廷通信が一つになっている。カラブリの方はラフのような鉛筆の筆跡を残した画に水彩で色を付けてあるようだ。個人的には『来たれ!!護廷十三隊』がキャラクターの違いをさりげに表していておもしろい。BLEACHのコアなファンなら是非買っておきたい。(逆に言うとBLEACHを知っている人でないと読んでもわからない。)(2007.9.15〜16)

QTとプレビュー画像拡大表示比較……同じアップルのソフトであるプレビューとQuickTime Playerだが、画像の拡大表示において表示結果が異なる。プレビューでは拡大すると画像のジャギーが目につくが、QTではぼかされるせいか、画像を2倍に拡大表示してもジャギーが目立たない。QTでジャギーが目立たないのはQTの動画表示ソフトとしての特徴がでたものと思われる。(→2007.9.12)

* 〜アスタリスク〜……オレンジレンジ作の歌。時代を超えても消えない力強い思いを星にかけて歌っている歌詞が印象的。*(アスタリスク)の記号はこの歌のメインテーマになっている星の輝きを表している。この歌はアニメBLEACHの第1期オープニングテーマでもあった。(2007.8.12→2007.9.10)
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2007年10月11日

お知らせ:しばらく本記事掲載を休みます。

前も書きましたが、ここしばらく2日に1記事の多少速めのペースで記事を更新してきたことや、Inkscapeのコンパイルに精力を使っていたこと、そしてそうこうしているうちにすぐに執筆に取りかかれるくらい頭の中で整理されている記事のアイデアがなくなってきたため、記事が枯渇状況にあります。なのでしばらく本体記事の更新を休みたいと思います。

ただ、アンテナ用の記事や、本体記事の細部の訂正などのタスクは残っていますので、そちらの方は更新していこうかと思っています。メディア記事の方もジングルやコミックヴィジュアルなどは残っているのですが、そればかり連続で続いてもありきたりというか、本記事に挟まれて掲載される方がいいようなものだと思っているので、こちらの方は時機を見て適当に更新していきます。

Inkscapeのコンパイルに手を出したということを書きましたが、このことでかなりいろいろな経験をしたのでそれを記事にしようかと思っています。CUIの使い方の説明のところでフェイルしそうでもありますが、何とかまとめていきたいと思います。今のところまだコンパイルの試行錯誤の最中なので、すべて完了してから書きあげるつもりです。
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2007年10月09日

CG『夜明けを駆けるイノシシ』追加バージョン

2007年年賀状CG『夜明けを駆けるイノシシ』ver.4

2007年年賀CG『夜明けを駆けるイノシシ』Colorful Lineバージョン

前このブログに載せた『CG - 夜明けを駆けるイノシシ』のより洗練させたバージョンと、線だけ抽出してカラフルなグラデーションを付けたバージョンを掲載します。どちらもずっと前に作成したものです。2007年の年賀用ですがやはりこれも時機を逃しているでしょう。

追記【08.11.27】:以下のリンクは高解像度版です。(Flickrへとびます。)


夜明けを駆けるイノシシ

夜明けを駆けるイノシシ(インバートカラフルバージョン)
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2007年10月05日

夜空にかがやくあの無数の星たちのように……(5)

この記事は前記事の続きです。

◆ ◆ ◆ 魂の同一性保持

――よく、教育関係の言葉として、「あなたたちはみんな、世界に一つだけのとても大切な存在だ」と言う言葉があります。ここで書いてみたいのは、なぜ世界に一つだけの存在と言えるのかという点です。それは世界に一つだけの個性を持っているからでしょうか? もし似たような性格の人(性格の似ている双子とか)がいたらこの言葉は成り立たないのですか? いいえ、この言葉は、人間が持っている魂が世界に一つしかないものだから言える言葉なのです。

それぞれの魂は世界に一つしかない。魂は複数が結合したり、分離したり(、消滅したり、誕生したり)しない。これを私は「魂の同一性保持」と呼んでいます。企業と言うもので考えてみてください? 企業は同じ名前で長い時代変わらず(成長したり衰退したりと言うことはあるでしょうが)存在し続けます。これから言えば、いかにも企業などは変わっていないように見えます。しかしその実、時代を経る事に、新入社員が入社し、定年を迎えたベテラン社員が退職し、会社を支えている人たちはどんどん変わっていきます。それに、企業という物は合併したり、子会社を作ったり、新事業に参入したり、その内実を刻々と変えていきます。これは学校などでも同じです。街だとか国でも同じです。これらは同一性保持しません。ある会社の社内に生産部門があるのと、外部委託で生産させるのと、実はこの考え方から見れば違いはないのです。(実際にはいろいろ違いはあるでしょうが。)

◆ ◆ ◆ 心はどこにあるか

「心はどこにあるのか」。昔から疑問に思われてきたことです。むかしから、胸(心臓)だとか頭だとか丹田(腹)だとか言われています。今よく言われるのは脳に心があると言うことでしょう。

でももし何かの事故で、あなたの右腕が切断されたとしたら、あなたというものは切断された腕の方でしょうか、それとも体の方でしょうか? え?脳に近い方だって? じゃあ、小脳と大脳はどちらがあなたですか? 生命活動を司っているのは小脳だから小脳の方が私だ、というでしょうか。じゃあ、脳を冷凍保存しておいて未来に別の体に入れてもらってもしうまくいったなら、その意識はあなたという存在なのですか? あなたのクローンを死ぬ前に作ったらそのクローンはあなたとなって、あなたは生き長らえるのでしょうか? あなたの魂が宿っているのでしょうか? 

これが難しい問題となってしまうのは、心というあなたそのものとあなたの体が完全に対応していないことから起こります。心はあくまでも魂として同一性保持するのです。それによって他の魂と区別できます。また、この問題も、人間が物体と考えればたやすく解決します。科学的に言えば、心(つまりあなた)そのものというものは存在せず、心とは脳が生み出した一種の意識というか、概念と言えるのです。

◆ ◆ ◆ 終わりに

(BMONでも扱われている題材ですが、)世界を守ると言うことは、そこにいる(人間の)魂を守ると言うこととも言えます。そしてその魂が持つ、感覚、感情、記憶たちを。魂は夜空にかがやくあの無数の星たちのように……この世界で無数にその命を燃やし、きらめいているのです。かけがえのない存在として。■
ラベル:哲学
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2007年10月03日

夜空にかがやくあの無数の星たちのように……(4)

この記事は前記事の続きです。

※この記事には『劇場版BLEACH MEMORIES OF NOBODY』に関するネタバレ要素が含まれています。まだ『MEMORIES OF NOBODY』を見たことがない人は注意してください。

◆ ◆ ◆ 輪廻転生と魂の死

――輪廻転生では、この世や天国などをひっくるめた全体の世界としての中の魂の数は、いつも一定です。しかし今現在、地球の人口はアジア地域などの発展によって増加の一途をたどっています。そうすると別の世界の魂の数は少なくなってしまうのでしょうか。あるいは、魂というものは新しく生まれて数が増えたり、人間が死ぬときのように、死んで本当にどの世界からも消えてしまうことがあるのでしょうか。もしそれがあるならば、それこそ完全な死・永遠の別れと言えるのではないでしょうか。

◆ ◆ ◆ 何が生きていると言えるのか

ここで生物学での科学的な、なにが生物であるかという定義を示したいと思います。

1.呼吸をする
2.栄養を吸収し成長すること
3.子孫を残すこと


ここで私は疑問が湧きます。これらを満たしていればすべて生物といえるのでしょうか?

知ってる人しか知っていないと思いますが、むかしあのガンダムの世界に、デビルガンダムというものが出てきたことがありました。(たしか人気のないGガンダムだったでしょうか。)このガンダム、一部を破壊されても、自己再生能力を持っているので直ります。周りの資源も吸収します。しかも子供のデビルガンダムを作り出します。これから言えば、このガンダムは機械ではなく生物なのです。そう科学の定義が認めてしまうことになるのです。

でも、皆さんは思うかもしれません。「ガンダムは生き物じゃないだろ」。なぜ生き物じゃないのでしょうか。それはガンダムは(乗っている搭乗者は除いて)魂を持ってないからです。

でも、何で人間は魂を持っていて、機械(もの)は持っていないのですか? よく、陶工や技術者とかが、「これには魂が入っている。」とか言いますよね。また、コンピュータはその振る舞いからよく擬人化されます。しかも地球のことを、「生きている」とか言ったりします。

もし魂がなければ生きているとは言えないというなら厳密に言えばBMONの茜雫は生きているとは言えません。だって茜雫は記憶の集合体であり魂は持っていないからです。確かに茜雫は一つの人格を持っており、人間のようにみえますが、もし魂がなければ生きていないというのならば、茜雫は生きていないのです。(逆にこれは魂がなくても人は生きているという考え方もできるということを示しています。)これからいうに、人間はそのものが人間らしく振る舞えば(たとえば記憶を持っている)、それを命だと見なすと言うことです。

そもそも科学的に言えば、人間は魂があるから生きているのではなく、体の各機関が相互に関わり合って稼働していることを生きているというのです。つまり、物体が動いているだけです。魂はなくても、人間は生きています。人間や動物に魂があるというのなら、細菌にも魂がある、そこら辺の石ころも魂がある、生きていると言えるはずです。彼らは生きているものとして保護されるべきでしょうか? 

生まれるというのはどういうことでしょうか。親から命が引き継がれるなら、精子と卵どっちに魂の素のようなものが入っているのでしょうか。人間に魂があり、それが引き継がれると考えたとき、どちらが本体なのかわからなくなるのでそれは難問ですが、人間がただ単にシステム的に動いている「物体」であると考えたとき、これを解くのはたやすいでしょう。人間の誕生を神秘というのは、単にそれが生命の科学的な高度な仕組みに感動しているという見方だけではなく、それが魂の誕生という本来不可能なことを実現しているように見えるからと言う理由も含まれているのです。

人が死ぬと言うことが一つの哲学として成り立つのは、それが消えないはずの魂が消滅しているように見えるということからきています。人が死んでもそれを、(前述のように)「遠くに行った」とか、あるいは「生まれ変わる」、などと言うのは、人が死んでも魂は死なないと言うことを人間が信じていることによります。(なぜ「見える」と言っているのかというのは後述しています。)――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。
ラベル:BMON ガンダム
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2007年10月01日

夜空にかがやくあの無数の星たちのように……(3)

この記事は前記事の続きです。

※この記事では、かなり革新的なことを取り扱っています。よって読んだ方には納得できない内容も多数含まれています。納得できない部分は、無理矢理噛み砕こうとせず、無視してください。


◆ ◆ ◆ 魂と責任

――ここで、魂に対して責任というものがどういう意味を持つかについても触れておかなければならないでしょう。一般にある人物が問題を引き起こした場合は、その人物が責めを負わなければなりません。つまり人間は行動に責任を持たなければいけないという考え方です。魂という考え方をしたときでも、たしかに人間の思考と魂を一体に考えればそうでしょう。しかし、魂と思考が分離されるという考え方で考えると、これはちょっと異なってきます。

思考をするのは、脳です。魂とは別の部分です。問題の責めを負うのはその人自身、つまり魂の方です。思考が魂と分離され、脳によって司られていると言うことは、魂は思考がどのように考え、体を動かし行動するかというその方向性を操作することは一切できないことを示しています。つまり、思考が勝手に(?)決めた方針によって、その人が失敗を犯したとしても、実際にその処分をうけるのは、魂の方なのです。もし魂がその人自身だと捉えるなら、その人が意図しない思考によって、その人は処分されることになります。これって、どういうことでしょう? 

もちろん、あなたが自分の考えだと思っているものは、きっとそうでしょう。あなたは自分の考えによって行動している、と思うかもしれません。自分の考えだから、自分の責任だ。でもあなたがそういう考えを持つようになったのは、あなたが生まれてからの周りの環境によって生み出された経験によるものであるはずです。あなたが魂だと考えるなら、あなたは遺伝や環境などの外的要因から与えられた思考回路によって行動しているだけなのです。(魂から見たとき、遺伝も外的要因です。)

そしてそれは、あなたの能力にも当てはまります。あなたは自分にはいろいろな能力があると思うでしょう。ないという謙虚な人でも、実は能力を使っています。しゃべること、転ばずに歩くこと、箸をうまく使うこと、他様々です。しかし自分が能力を持っているというその考えは、間違いかもしれません。あなたが魂そのものと考えるなら、魂と能力は分離されると考えるなら、能力は外からくっついているものでしかありません。だから、その能力は失う可能性があります。認知症などはそのいい例です。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。

※訂正前、文中で「痴呆症」と言う言葉を使いましたが、この言葉は侮蔑的なニュアンスがありますので、現在正式に使われている「認知症」と言う言葉に訂正しました。
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