2008年01月28日

Skeleton Plan(公開版)

2005年10月18日〜

日頃日常の生活をしていると、ときどき「これはここをこうしたらいいのになぁ」といろいろとアイデアが思い浮かぶことがあります。でもそのアイデアによっ ては自分では実行することが出来ないものもあります。そこでネット上で公開して「誰か勝手にやってくれる人いないかなぁ」と他力本願で提案するのが、この 「Skeleton Plan」と私が名付けたものです。

Skeleton Plan自体は構想されてから数年の歳月が流れています。上記の「2005年10月18日〜」の記述がそれをよく表しているでしょう。Skeleton Planの中には、このブログで公開する予定の今より前に既に実現されたもの(iPod PDA→iPod touch)もありますし、実行する必要が無くなったもの、現在進行中のものもあります。また、「これはあまりにも自分の趣味だろ」とツッコミを入れたく なるくらい独断的なものもあります(たとえばMacのソフト関係)。でも、必ずしもこれらのプランは無意味なものではないでしょう。

では、実際にどんなプランがあるのか見ていただきたいと思うので、以下に表を作りました。この表はSkeleton Planの全てを載せているわけではありません。「独断的」なものを抜いたものです。(と言ってもまだそれっぽいのが入っていますが。)

※皆さんのお力添えを願っています。

プラン名
概要
備考
オンライン病気データベース
あらゆる病気に関するウィキサイト。症状名から検索して罹患している可 能性のある病気名の候補を表示。症状の詳細から原因、対処法の記載。掲示板などのコミュニティーの作成。
Wikipediaが既に病気に関して詳細な情報を提供していること、 病気情報専門サイトがなくても検索サイトの検索結果である程度の検索精度は持っていると言うことが、このプランのメリットを減らす。
オンライン書籍概要データベース
あらゆる本の情報の概要情報をデータベース化する。もっとも特徴的なの は、本を本棚に並べた状態の画像を見ながら本を選べるようにするところ。本の背見出しを見ることで直感的に本を選べるようにし、検索に頼らずユーザから見 た意外な役立つ本を見つけられるようにする。
通常の本の検索データベースとしては、Google BOOKSがその先陣を切っている。
被選挙権・選挙権を15歳以上に
若い意見を聞くために、選挙権を15才以上にする。また、議員の高齢傾 向を防ぐため、被選挙権も15才以上にする。
若い人が選挙権を持つと、イメージに左右されて投票しがちだという声が あるが、たとえ大人でもその傾向に陥りがちだし、それに一度それで失敗すれば、若い人でも慎重に投票するようになる。
新聞改革(小サイズ,表紙目次化,漫画一面,ホチキス止め)
新聞の製本形態の改革。現在の新聞は紙が大きすぎるので、新聞の大きさ を小さくする。一面はすべて中の記事の見出しとリーダー(概要)を書いた物にする。漫画を一面に持ってくる。このプランによって紙の大きさが小さくなった 新聞がバラバラにならないように、背をステープラーで止める。
ある新聞では、1面の見出し欄が拡張された。
酒をペットボトル販売


差出人住所不明時不配達オーダー制度
あらかじめ受取人から「差出人が不明な郵便物は配達しなくていい」とい う要望を受けていた場合、その後来た差出人が不明な郵便物をその受取人に配達しない。

マイナス投票
選挙の時の投票方式で、普通の票だけでなく、「その人には議員になって 欲しくない」と言う意味合いで、マイナスの票を投票できるようにする。

議員立候補0円制度
金権政治を一掃するため、議員立候補の時の供託金を廃止する。

公立校複数受験可制度
受験生が複数の公立校を受験できるようにする。

婚姻可能年齢男女平等化
民法の婚姻可能年齢を男女ともに同じ年齢にする。

小学教師分業授業制
小学校の授業も、上位校のように教科ごとに担当する先生を変える。

工事責任者表示プレート構造計算者表示義務づけ


自転車バックミラー


読みがな翻訳サービス
子供でも情報を得やすくなるように、ホームページ中の漢字にふりがなを 付けてページとして表示するサイトを作る。
Google翻訳のようなアプローチで。
HTML段組
HTMLで段組を利用できるようにする。
W3Cで規格化が予定されているらしい。
Mac Happy Birthdayアプリ
Macにおいて、誕生日の日のMac起動時に「Happy Birthday」と表示するソフトを作る。ちなみに正月には謹賀新年と表示する。
テストのためにシステムの時刻をいじらなければいけないので難しい
DVD栞機能


ランドセル廃止
小学校のランドセルを廃止する。

技術・家庭科分離
小学校・中学校の技術科と家庭科を分離する。

GUIコーディングソフト
GUIで操作するだけで、ソースコードを自動的に作成してくれるソフト を作る。
現在のIDEは、使いやすさを求めているわりには、面倒なコーディング はソフトを作るためには今でも必要。AutomatorやQuartz Composerなどを見本とする。ソースコードを打った方が速いという人もたくさんいるが……。Xcodeのデータモデルブラウザはこれを実現してい る。クラスブラウザにも編集機能があればいいのに。


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2008年01月23日

2007年〜2008年年末年始帰省写真2

前記事の続きです。

鏡餅
看板
工事用シャベル 太陽と電柱と家
電柱と電線
わらぶき屋根
クリーク
キャベツとゴミ
太陽光温水器

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2008年01月18日

2007年〜2008年年末年始帰省写真

年末年始は飛行機で田舎の祖父母宅に行ってきました。その時いくらか写真を撮ったので、掲載したいと思います。ほんとは画像編集ソフトで補正してから載せたかったのですが。ちょうどいいソフトがないので補正なしの画像です。今回の写真は祖父母宅の近所の人の家でのもちつきがメインになっています。サムネイル画像をクリックするとギャラリーが開きます。(写真左下のタイトルが正しく表示されないようです。)

2007年〜2008年佐賀帰省写真サムネイル
2007年〜2008年佐賀帰省写真サムネイル
2007年〜2008年佐賀帰省写真サムネイル
2007年〜2008年佐賀帰省写真サムネイル
2007年〜2008年佐賀帰省写真サムネイル
2007年〜2008年佐賀帰省写真サムネイル
2007年〜2008年佐賀帰省写真サムネイル
2007年〜2008年佐賀帰省写真サムネイル


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2008年01月16日

等価交換の原則を破る(後)

この記事は前記事の続きです。

――縄文時代の日本人のことを考えてみよう。海の近くに住んでいる人たちと、山に住んでいる人たちがいるとする。ここでは「海の人」と「山の人」と略して呼ぼう。海の人は海の近くに住んでいるので海の物産を豊富に持っている。これを「海の幸」と呼ぶとする。山の人は山に住んでいるので、山の物産を豊富に持っている。これを「山の幸」と呼ぶことにする。

海の人から見ると、海の幸は豊富に手元にあるので、海の幸は価値が低い。しかし山の物産は品薄なので、山の幸は魅力が高い。山の人から見ると、山の幸は豊富に手元にあるので価値が低いが、海の幸はなかなか手に入らないので価値が高い。そこで山の人と海の人との間で交流があると、海の人は自分にとって価値が低い海の幸を、山の人は自分にとって価値の低い山の幸を相手に差し出し、交換する。そして自分にとって価値の高い物産(山の人なら海の幸、海の人なら山の幸)を手に入れるのだ。このとき、それぞれの人が持つ物産の価値は「増加する」。なぜならば、自分にとって価値の少ないものを失う代わりに、価値の高いものを得るからだ。

ここで普通の人ならこう思うかもしれない。交換したんだから、交換品の価値は同じはずだ、と。たしかに交換品は一定のレートで交換される。でもその交換レートとは、「山の人から見た」海の幸の価値と、「海の人から見た」山の幸の価値が等しい価値である、という事を示しているだけに過ぎないのだ。これが錯覚を引き起こす理由である。それぞれ片方の人から見れば手元の物産の価値は増えている。だからこそわざわざ交換するという手間をかけて交換を行うのである。つまり、等価交換の原則とはいっても、それは全体から見たときの話であり、観測者からみたときは必ずしも成り立たないと言うことなのだ。

これは、ゼロサム・ゲームと言う考えは必ずしも正しくないと言うことをも示している。「ゼロサム・ゲーム」とは世の中にある富の総量は決まっていて、経済とはそれを奪い合う一種のゲームのようなものだと見る考え方のことである。しかし、先ほどのように観測者から見て手元の物産の価値が上昇するようなときは、「富の総量は増えている」と言えるかもしれない。交換によって両者の手元の物産の価値が上昇するようなときはなおさらだ。わたしは経済こそ、このようなWin-Win(両者にとって利益がある)の関係で成り立つべきだと考えている。決して、奪い奪われの関係ばかりではないと言うことなのである。

■(2008.1.4)
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2008年01月13日

等価交換の原則を破る(前)

の中には様々なアニメ番組があるが、その大抵の世界観、ストーリーが哲学とも言うべきそのアニメ独特の思想を持っている。

だいぶ前、『鋼の錬金術師』と言うアニメ番組があった。一種魔法のように見える「錬金術」が使える世界で活躍する「錬金術師」の主人公の戦いを描いた作品である。ただ、作中では「錬金術」は、魔法ではないと断言されている。錬金術は魔法とは違い、何かを何かに変換する、何かを作り出すためには何かを失わなければならない、そう言う原則の上に成り立っているというのだ。この作品では、その原則のことを『等価交換の原則』と呼んでいる。

以上はあくまでもアニメの中での話なのだが、実際の世界でも等価交換の原則の考え方はよく使われる。たとえばあなたがボールペンを文房具屋に買いに行ったとしたら、あなたはボールぺンを受け取る代わりに、その値段である(たとえば105円)を支払うことになるだろう。ボールペンの価値の分だけ、あなたはお金という価値を失うのだ。

あなたはこれを等価交換の原則だと思うかもしれない。でも、実は等価交換の原則は、必ずしも正しい考え方ではないのだ。だって考えてみて欲しい。もしあなたにとってボールペンの価値と105円の価値が全く同じなら、交換する必要がない。価値が全く同じと言うことは、ボールペンとお金を交換しても、あなたには何も利益がないと言うことである。何も利益がないのにいちいち店にまで行って手数をかけて交換する必要など無いではないか。

そう、実際の所あなたにとって、ボールペンの価値と105円では、ボールペンの価値の方が高いのである。あなたは何かを書くためにボールペンを必要としており、その価値は105円を超えているのだ。え?そんなことはないって? 105円の値段が付いているんだから、ボールペンは105円の価値のはずだって? 実はそこが錯覚なのである。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。


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2008年01月10日

2008年あけましておめでとうございます

新年あけましておめでとうございます。祖父母宅から帰ってきたので更新を再開しようかと思います。本年もWhite Boardをよろしくお願いします。

以下は今年私が出した年賀状の図柄です。母親からはこんなアニメみたいな図柄は出すなといろいろしつこく言われましたが、結局出しました。なぜか出したはずの祖父母宅には届きませんでしたが……。民営化した郵便局は大丈夫なんでしょうか? (ただ単に自分が出し忘れていたという可能性もあり。)

この絵の詳細な描き方の手順はそのうち載せるつもりですので、アニメ風の絵を描きたい方はそれを参考にしていただくといいかと思います。

ocloudブログ用サムネイル画像

毎年今年の抱負の漢字一字というものを決めているのですが、今年の目標の漢字は「成」にしました。自分の不得手な分野を解決し、夢の実現に向けてより高い能力を身につけられたらいいなと思っています。
posted by whitecaps at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする