2008年06月29日

ジングル - YASURO

図書館で作曲法の本を借りてそれを参考にして作ったとても短い曲です。本を参考にしてはじめて曲を作ったときはその本の著者の名前を元に曲名をつけることにしています。曲ファイルをダウンロードするときは、ダウンロードファイルのウイルスチェックを各自でなさるようにしてください。



上記の曲を電脳コイルサントラ集の『戸惑い』を元にまねしてアレンジした曲です。



なぜか私の環境のFirefox3で再生すると音質が悪いです。MP3変換時には問題ないようなのですが……。【後日注:Safariでも再現しました。ダウンロードリンクから直接再生した場合は問題ないので、ミニプレーヤーの問題だと思われます。】


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2008年06月26日

詩『言葉よつながれ』

梅雨の雨だれを外に見て
茶色に澱んだ空を見る
道は黒く濡れ渡り
遠くにレールの音がする

言葉よつながれ――

たとえ髪が白髪になろうとも
腱鞘炎になろうとも
手は鉛筆を放さずに
原稿用紙に書きつくしていく

あそこを立てればこちらが立たず
組んで 曲げて つないで
編んで、やっと一枚の布となる

子供の僕は ただ書きたいのに
何も思いつかなくて
ペン先も動かないまま
重なる紙は風にめくれたまま

――言葉よつながれ 文になれ
段落になれ 文章になれ
そして 物語になれ

本となり その知識を、心を貯めよ
店を出せ 館を建てろ

紙よ 芯を受け止めて
黒鉛をつぶして文字となせ
輪郭を捉えて 刻まれた無意識をなぞっていく

空白よ 主張せよ
心を遊ばせて ストーリーを完璧にせよ

人よ動け 心よ動け
心よ 光よ瞬け
その意味を問い直せ

何億年も前から 紡ぎ出されてきた物語
星が軌跡をしるすように
今 文字となれ 姿を現せ

届けよ 読む人の心に
届けよ 君の心に
どれだけ離れていようとも
例え気づいていなくとも

悲しみを破れ 憎しみをかき消せ
心を支えて 幸せの糧となれ

■(2008.6.23)

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2008年06月24日

電脳コイルかんたんハッキング(後)

この記事は前記事の続きです。

サントラ

――先ほども言ったとおり、サントラを買いに行ったのですが、CDショップのカウンターで頼んだらいつのアニメかと聞かれました。なぜそんなことを聞かれたのかというと、店員の人によればこのCDは製造中止になっているとのことで、うすうすそんな気もしていたもののやはり驚きました。他店の在庫があったらしくそこから取り寄せて貰いましたが、入荷の電話を受けたときに外出中で財布にお金が無く、一度店に寄って値段を聞いたものの持ち合わせでは足りず出直すことに。そしてもう一度資金を用意してお店に行ってやっと手に入れました。

空けてみたら曲数の多さにビックリ。2枚組だったことにちょっとビックリ。一枚のCDに19トラック入っていて二枚ですから、38曲入っている計算になります。

「悲しみ」「戸惑い」「疾走」はスリリングで気に入りました。(もちろん池田綾子の歌のTV EDITもいいのですが、FULLバージョンがほしい……。)「電脳都市」は私はやったことはないけどドラクエみたいな響きの曲で、Amazonのレビューに誰かが書いているとおりでした。もちろん他の静かな曲も存在感あります。「疾走」を聴くとなんだかスーパーファミコンの星のカービィスーパーDXを思い出すなあ……。

気になったのは「友情」。これ、数年前(2003年頃)にNHKの夕方のニュース番組で(『首都圏ネットワーク』だったかなあ)使われてたような気がするんですよね。放送を見たときに似ているなあとは思っていたのですが、CDで聴いてみて同じ曲だとわかり驚きました。一体いつ作ったんだ?この曲は。このサントラ集CDが発売されたのは2007年のようなので、この不思議なブランクが気になります。

ビジュアルを集めたジャケット画像ですが、なぜか解像度が低くジャギーが目立ち、どこの新人に任せて作ったんだ?電脳コイル側から画像を貰えなくてHPので済ましたのか?という想像さえ出来る出来です。どこかのブログにも書いてありましたが、このジャケットデザインはやっつけ仕事なのかそれともシンプルに作りたかったのかわかりません。ビジュアルのデンパが画像枠内に収まりきらず、はしょられていたのは何となく可哀想でもありました。

サントラ担当の斉藤恒芳と言う人は歌詞カードで、磯監督が「夕焼けの美しさと寂しい感じ」と言ったので、「この言葉で頑張ろう【曲を作ろう】という気になりました」と書いています。先ほども書いたとおり電脳コイルの色遣い自体が対象の彩度をおさえた(つまり夕焼けの)感じということもあり、サントラのほうも聴いていると確かにそんな感じがする音楽集です。で、私は今このサントラに流れる郷愁にハマっています。

勝手に理論に取り込んでみる

このアニメで使われている「意識」という言葉は私が昔書いた記事『あの夜空にかがやく無数の星たちのように……』の中の「魂」と同義のようです。電脳コイルでは「意識」が「アッチ」に連れて行かれるとこちらの世界の体は昏睡状態になります。この考え方は肉体と意識(魂)を分割して捉える考え方です。この作品も夜空認識に基づいて作られていると言えると思います。つまり脳という物理的器官がすべて思考や体を動かしているのではなく、人の心には何らかの「魂」的な物が介在しているという考え方です。

まとめ

電脳コイルに出てきた哲学に「痛みのある方向へ……」があります。締めとしてロマンアルバムのストーリーガイドのCHECK POINTの記述を引用してみたいと思います。
メガネに映るものを「偽物」だと切り捨てる大人たちの言葉を一度は受け入れるヤサコ。しかし、デンスケを無くした悲しみもまた「偽物」なのか? 確かに感じる心の痛み以上に、信じるに値するものとはなんなのか? メガネを卒業することで大人へのステップをあがる子供たちの中で、あえて逆らうことを選ぶヤサコ。誰にも阿ることなく、「己の信じることこそが真実」という意志を貫く彼女の姿に、磯監督のメッセージが強く込められているに違いない。
え、次番組はあさのあつこ原作……?

■(2008.6.18)

ラベル:電脳コイル
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2008年06月23日

Flickrはじめました。

――Flickrはじめました。

Flickrは写真投稿サイトの一つです。ブログに写真を載せるのは何かと大変なので、写真はFlickrに投稿することにしました。Flickrは日本語版がないのが惜しいですが、見る方は英語版でよろしくおねがいします。

ブログとは違うユルーい口調でときたま更新しています。たまに覗いてみてください。

[ http://www.flickr.com/photos/27264031@N07/ ]
ラベル:flickr
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2008年06月22日

電脳コイルかんたんハッキング(前)

dialog-warning.png以下の記述にはアニメ作品電脳コイルに関するネタバレ要素が含まれています。この記事は電脳コイルを見終わって、ロマンアルバムやサントラを買おうかどうか迷っている、または買った人向けのものです。

この記事は文の長さを確保したくて、引用を多くしてしまい劣悪な記事となっています。ただ、今のところどの程度修正するかが決まっていないのでこのまま載せます。

先日このブログのアンテナ欄で紹介して、再放送が最終回を終えたテレビアニメ『電脳コイル』。そのムック本(と言うらしい)とサウンドトラックを買ったので参考までに感想を。ほんとは一言欄かアンテナ欄でちょこっと書こうと思ったのですが、予想以上に長い文章になったので、記事にしたいと思います。ムック本の名前は『電脳コイル ロマンアルバム』、サントラの名前は『電脳コイル サントラ音楽集』です。

概説

まず、確認をするという意味で、概説を前書いたアンテナ欄から引っ張ってきたいと思います。

電脳コイル……現在NHK教育テレビで再放送中されている、磯光雄原案、脚本、監督のアニメ作品。電脳メガネという一種のユビキタスツールが普及している近未来の日本を舞台にし、小学生たちがある意味ホラーでサイバーパンクなトラブル【Wikipediaより】に巻き込まれていくというストーリー。コンピュータ用語が至る所で物語の設定に活かされており、独特の世界観は興味深い。ただし、その独特さからにより、途中から見た場合設定やストーリーが意味不明でもある。(2008.5.19→20)

コンピューター的なツールである電脳メガネという非常に未来的なツールを使いつつ、神社を初めとするオカルト的な深みのある要素もたくさんちりばめられているところがこのアニメの世界観の特徴だと思います。

ロマンアルバム

ロマンアルバムの話に移りましょう。ロマンアルバムは大型本というやつらしく、読む側にとっては視界が広くていいです。内容はデザイン中身ともに結構充実していて、コイルのファンなら買って損はしないと思います。内容の構成など詳しくはAmazonのレビューなどで調べてみてください。値段はピッタリ「2000YEN」でした。

ネット上で見つけたコメントなのですが、「表紙のイサコが少し笑っていて、それだけでも買いたくなりました。」と書いてあるものがありました。確かにそうなのですがしかし、表紙カバーを外したところに載っているラフでは、イサコは笑っていません。清書する段階で間違えたのか、あるいは意図的に笑っているように変えたのかだと思います。

『教えて! 磯監督』コーナーでは磯監督が電脳コイルを見ていると感じる疑問点について答えています。それくらい作中でわかるように制作しろよ、と言う気もしますが、わからないところがある、不思議なところがある、と言うのがコイルの良さなのかもしれないので、そこは微妙でもありますが。

うちの母親は「どんな作品にもメッセージがあるでしょ」と言って、ようは「この作品はどこにメッセージがあるのかわからない」ひいては「この番組のどこが面白いのかわからない」ということを暗示的に言っていました(……)が、ロマンアルバムの磯監督へのインタビューを読むと、そのコンセプトがわかります。他にも作品設定の後ろに流れるポリシーとでも言うべきものも書かれています。

電脳コイルの色遣いは彩度抑えめで、これは磯監督の好みだそうです。ただ、最後のヤサコたちが中学生になったときのエピローグの描写のシーンは、彩度高めにしたらしく、散っている桜のはなびらや緑の草など鮮やかな春の感じになっています。電脳コイルは最近のアニメにしては珍しく線が丸みを帯びていて、これが作画的に難しいらしく、これもコイルの特徴といえるとか。

キャラクター相関図で猫目からサッチーへの矢印に「くたびれたポンコツ」とあったのは笑えました。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。

ラベル:電脳コイル
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2008年06月19日

Anti(後)

この記事は前記事の続きです。

――Mac OS Xを代表する写実的デザインでは文字にアンチエイリアスを掛けます。(といってもGNOMEとかもアンチエイリアス使ってますが)これは文字をきれいに見せるためです。アンチエイリアスは特別な技法と思われるかもしれませんが、実はアンチエイリアスはとても自然な技術です

パソコンという物は内部がどうであろうと結局モニタに出力するときはビットマップ画像になっているわけなので、そのまま表示すると言うことで、もともと古くからビットマップの文字(やアイコン)を使ってきました。しかし現在フォントはアウトライン情報を持ち、それを利用して文字を表示しています。アンチエイリアスなしでアウトラインを表示すると、ギザギザの変な線になりますが、人間が見るとき、それは自然ではありません。人間は黒と白が混在するピクセルを見たとき、それを灰色と捉えるのですから、アンチエイリアスをかけて表示する方が自然な話だと思います。

画像の拡大縮小でもそうです。Mac OS XのExposeはウィンドウをタイル表示したときに拡大または縮小されたウィンドウをアンチエイリアスを掛けて表示します。KDE4のエフェクトではまだ装備されていない機能のようです。

よくアンチエイリアスを掛けると小さい文字が見えにくくなると言いますが、私はこれに同意しません。小さい文字にこそアンチエイリアスを掛けた方が見やすくなるのではないかと私は考えます。アンチエイリアスされた文字というのはビットマップをそのままに拡大して見てみると、文字が灰色のピクセルで潰れていてよくこんな物読めたもんだなと気づくこともありますが、実際の大きさで表示している場合はアンチエイリアスされた文字はかえって見やすいものです。これはアンチエイリアスを掛けた文字を見たとき、人間の視覚の補完能力が働くためだと思われます。小さくて実際は潰れてしまっている文字でも、人間の視覚は補完して認識してくれるのです。

しかし、アンチエイリアスを掛けることが必ずしも良いわけではありません。アンチエイリアスをかけずに文字を読むと言うことも一つの美徳です。Win版SafariではWin上ながら独自のMac的なエンジンを使うので文字がアンチエイリアスされきれいに表示され、これがWinユーザーの中で話題になっているそうですが、OSとの統合という視点で見たとき、このアプローチは間違いかもしれません。(もちろんWinのユーザーにアンチエイリアスされた文字のきれいさをアピールするという面で言えば成功でしょうが。)それはプラットフォーム上の他のアプリケーションと操作感を統一するという考え方です。

Mac OS Xなどのウィンドウでは、ウィンドウに(ドロップシャドウの)影をつけます。これはそれなりに重要です。全てというわけではありませんが、Mac OS Xではウィンドウに縁取りがない(内容が完全にウィンドウ外部と隣接している)物が多く、万が一色が同じ内容のウィンドウを重ねて表示したとき、影がついていないと境界がわからなくなります。GNOMEではテーマによってウィンドウの縁取りをありにするかなしにするかを選択できます。

Mac OS XのAquaは、はじめ虚飾であると批判する人もいたそうですが、Cocoaインタフェースは緻密な計算の元に生み出された現実的な生産性と理想的な使用感を持ったインタフェースデザインと言えると思います。私のMacはもうかなりいじり回された物なので、どの人の環境でもそうなのかはわからないのですが、システムのカラーピッカーを使うと「AquaPro」という色リストが表示されます。これを見るとAquaがインタフェースのどの場所でどの色を使うのか、わずかな色の違いまで吟味して設定してあることがわかります。

LeopardではAquaはどちらかというと捨てられて、スムーズメタル仕様になっていますので、Aquaファンとしては寂しい気もしますが、これも、Mac OS Xの進化なのだとも思います。

■(2008.6.19)

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2008年06月17日

Anti(前)

OSやアプリケーションの見た目のデザインを考える上で、二つのアプローチがあります。一つはアニメ的デザインを使うアプローチ、もう一つは写実的デザインを使うアプローチです。

これだけではなんのことかわからないと思うので例を挙げますと、アニメ的デザインはLinuxでいうGNOMEやTango、そして古いウィンドウズ、写実的なデザインの例はLinuxでいうKDEのOxgen、そしてMac OS Xのデザインが挙げられるでしょう。また、Yahoo関連のサイトで使われている画像のデザインや、iTunesのソース欄に表示されるアイコンは(iTunesはMac由来のソフトですが)、アニメ的デザインに分類できると思います。

アプローチの違いをアイコンを例にとって言ってみれば、アニメ的デザインのアイコンでは、シンボルが持つ特徴を戯画化して表すと言うことになるでしょう。「アニメ的」という言葉が表すとおり、それらは抽象化されたデザインを持ちます。これに対して、写実的デザインではその言葉のとおり写実的なアイコンを使います。Mac OS XのAquaインタフェースを見ればわかると思いますが、写実的なアイコンというものは美しいと言って差し支えがないほどのものです。

果たしてどちらがいいでしょうか。それは少し難しい問題です。単に見た目の美しさのことを考えるなら写実的アイコンがいいに決まっています。でもアニメ的アイコンのコンセプトも無視できません。アニメ的なアイコンは見た目だけにとらわれず、そのアイコンが持つ意味をわかりやすく抽象的に伝えることに特化しているからです。

また、アニメ的アイコンの代表と言えるTangoでは縁取りというガイドラインがあります。これはアイコンの縁を暗い色と明るい色の二重の線で縁取るものです。この縁取りによって背景がどんな色の場合にもきちんとアイコンの境界を視認することが出来、アイコンが背景にとけ込んでしまって見えにくくなることがないようになっています。(Oxgenは写実的アイコンと言えると思いますが、境界線は使っているようです。)

じゃあ、写実的アイコンは見えにくいのかというと、そうでもありません。写実的アイコンは写実的なので中身が複雑です。いろいろな色の要素が混じっているので、それが境界線を生んで背景との識別を可能にします。アニメ風アイコンでは色遣いがシンプルなので縁取りをしなければ背景と紛れ込むことがあるわけですが、写実的アイコンではそんなに問題ないわけです。また、写実的アイコンではアイコンを縁取るようにバックにドロップシャドウ(影)が使われることも多く、それも背景との識別を容易にします。また、写実的アイコンにもコンセプトがないわけではありません。Macについていえば、アップルがアイコンについてのガイドラインを設定しています。これに適宜従うことによって、ユーザーにとって誤解のないソフトウェアに仕上がるようになっています。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。

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2008年06月15日

詩『ブリッジ』

幼い頃の思い出
忘れられた記憶
隠された真実
途絶えた願い――

眠い目をこすりながら
机から顔を上げる

めんどくさそうに問題集を解く友達
君は話しかける
どこかから転がってきた鉛筆
僕はそれを拾い上げる

君を見ていると、僕まで昔を思い出す
自分もそうだったのかな、なんてね
僕は忘れてるのかもしれないけど
きっとそれは今も、僕の中に生きているものだから
そして君もそう思うことだろう、君が探している誰かを見て

バスに乗る帰り道
窓に映り込んだその景色に
手を伸ばせば届くような気がした
ああ、街が夕焼けに包まれていく……

君は――
どんな悲しみでさえ 拾い出そうとした
誰かの苦しみを、無視できなかった
時には逃げだそうとしたかもしれない
でも今の君は
自分が苦しんででも 痛みを分かち合おうとしている
そこにどんな深い溝があっても
君の優しさは心の架け橋になる

霧の立ちこめる朝
何も通っていない道路
誰も気づかない迷い道
街を闇に包む家々の影

トンネルの暗闇の中をかける君
迫り来る光の先に見るものは何?
そして、僕も駆ける
君のいる場所を目指して

君の瞳に映り込むもの
何かがなくなっても、それはなくならない
時間という宝物を、なによりもそこにあるものを
一緒に過ごしたのだから

君が憂いに沈むときは
僕にもその荷を分けてほしい
二人が笑顔の時は
互いを笑い飛ばそう

どんな投げやりな気持ちだって
どんなささやくような声だって
どんな細く強い君の指だって
すべてこの両手で受け止めるから
だから、心ゆくまで泣けばいい
その君の服のように
すべての涙を吸いこんで乾かすから

夏が来る。
君を探している僕に、会えるから
君が探している誰かに、また会えるから――

■(2008.5.21)

一部、Mr.Children『少年』のパクりです。

ラベル:電脳コイル
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2008年06月12日

アンテナアーカイブ08.2.26〜5.25

アンテナの記事がたまってきたので、エントリーとして掲載します。本体のほうはリセットします。

折笠富美子(おりがさ・ふみこ)……声優。私が知っている限りでは、BLEACHで朽木ルキアを、銀魂では柳生九兵衛を、電脳コイルではヤサコを演じている。その他にも様々な番組で数々の役柄を演じているらしく、役柄によって声質を使い分けられる実力派声優でもある。かなり大物の声優のようだが、私はその姿をうちの兄がBLEACHを取材したテレビ番組のビデオを見ていたときに見た。リンクはWikipediaへ。(2008.4.22→5.25)

バッテリー……あさのあつこの小説。映画化もされ、現在はNHKでドラマ版が放送中。主人公の中学生原田巧は豪速球を投げることができる、どこか冷めた性格の天才的ピッチャー。その球に惚れ込んだ永倉豪とバッテリーを組み野球部に入部。監督のオトムライの管理野球や上級生からの暴力に耐え、様々な問題にぶつかりながら野球を続けていく。ドラマ版の主題歌の『少年』はMr.Childrenの新曲。(2008.5.21→23)【後日注(6.12):今日で最終回です。】

電脳コイル……現在NHK教育テレビで再放送中の、磯光雄原案、脚本、監督のアニメ作品。電脳メガネという一種のユビキタスツールが普及している近未来の世界で、地方都市「大黒市」を舞台にし、小学生たちがある意味ホラーでサイバーパンクなトラブル【Wikipediaより】に巻き込まれていくというストーリー。コンピュータ用語が至る所で物語の設定に活かされており、独特の世界観は興味深い。ただし、その独特さからにより、途中から見た場合設定やストーリーが意味不明でもある。(2008.5.19→20)

ハードボイルド同心小銭形平次……アニメ銀魂で放送されたある一編。小銭形の語りで始まるある意味わけのわからないオープニングで5分も消化した意欲作(?)。なんの説明もなくいきなり始まったのでこれを見たときはほんとにこの番組は銀魂であってるんだろうか?と私は心配になった。自称ハードボイルドの同心小銭形平次は長年「キツネ」と呼ばれる泥棒をおっている。「おしゃれなバーは緊張して入れない」は迷言。(2008.5.7→19)

自転車生活の愉しみ……自転車で通勤通学しようと提唱している疋田 智と言う人が書いた本。もうだいぶ前に出された本だが、私はこれを図書館で読み、自転車がより好きになった。マウンテンバイクとママチャリくらいしか知らなかった私が、ロードレーサーとかいろいろな自転車の種類があるんだと言うことを知った本でもある。日本の自転車に大抵付いているSHIMANOのブランドの話も興味深かった。(2008.5.7→8)

XULで半透明ウィンドウ……XULではCSSでインポート文の調整と、半透明を指定する一文を記述するだけで半透明のウィンドウを表示できる。私がインポート文を削除してやってみたところ、Mac OS X上では問題なかったが、Windows XP上ではタイトルバーが表示されずウィンドウを操作できなかった――というわけでタスクマネージャで強制終了。この問題は適切な記述を設定することで解決できるだろう。(2008.4.28→5.2)

Yahoo動画YUI『I LOVED YESTERDAY』スペシャル……女性シンガーソングライターYUIの新作アルバム完成記念企画。『I LOVED YESTERDAY』のビデオクリップをYahoo動画のサイトで5月8日までの期間限定で無料で見られる。個人的にはoff shotのビデオクリップとNo wayが好き。(2008.4.29→30)【現在はすでに終了しています】

ルキア顔のオムライス……BLEACHのヴァイザード編のころ、遊子がルキアのためにルキアの顔がケチャップで描かれたオムライスを作ったことがありました。私はそれを再現したくて、夕食のオムライスにルキアの顔を描いてみようとしたことがありましたが、失敗。ケチャップが予想以上に水っぽいと言うか、暴れてルキアの顔を描くことは出来ませんでした。もっとケチャップの容器の口のところをオムライスに近づけてやったら出来るだろうか……。(2008.4.24→29)

スキマスイッチは大丈夫なのか?……知ってる人は知ってると思いますが、スキマスイッチのボーカルをやっている大橋卓也さんは今「ソロ・プロジェクト」と題して、一人で活動中です。これまで常田さんと一緒にやってきたのですが、ケンカでもしたのでしょうか。スキマスイッチのこれからがちょっと心配です。(2008.4.20→23)

MacのInkscapeを日本語表示にする……MacのInkscapeを日本語化する方法が書かれているブログ記事です。やっぱターミナル使わないと出来ないんですね……。自動的にやってくれるようなシステムになっているのがベストなのですが。私も二つあるうち最初のほうをやってみたところ、確かに日本語化されましたが一部表示されない項目がありました。まあ、この方法に問題があるとかではなくInkscapeの日本語化自体が完全ではないらしいのですが。viの使い方に慣れるのが大事か。(2008.4.20→22)

Mac OS Xのアイコンをつくる……Mac OS Xのアイコンをつくるために何か特別なソフトを買わなければいけないなどということはありません。Macを買ったときについてくる付属CDのDeveloper Toolsの中にIcon Composerというソフトがついてきます。他の画像処理ソフトを使ってつくりたいアイコンの画像をPNGなどで用意しておけば、簡単にアイコンをつくれます。(2008.3.9→4.20)

Steve Jobs Commencement address at Stanford Univ.……「2005年6月、Appleの最高経営責任者スティーブ・ジョブズ氏が、米国スタンフォード大学の卒様【卒業?】式で行った記念スピーチです」(抜粋)のGoogle Video。こんなスピーチなら聞いてみたいと思わされます。ジョブズの理念がわかるビデオです。(2008.4.15)

ズラチナルーカ……音楽ユニットであるスキマスイッチの歌。「ズラチナルーカ」とはセルビア語で「空の港」「空に浮かぶもの」などの意味を持つとのこと。(私は勝手にロシア人の名前かと思っていました。) 私はずっと前に見たNHKBSのスキマスイッチスーパーライブではじめてこの歌を聴いて、とても心に残りました。この曲に含まれた深い哀愁に心を蝕まれたいなら(?)是非とも聴いておきたい一曲です。ピアノのリフがいい。(2008.4.14)

ズラチナルーカイメージ画像


Inkscape Native to Mac OS X……Mac OS XネイティブのInkscapeが実現味を帯びてきました。X11に依存することによる制限が解除され、より使いやすくなるそうです。リンクはネイティブビルドの試用ムービーを掲載しているサイトです(英語)。やっぱメニューとかもちゃんとOSのメニューバーに表示されるんですね。(2008.4.13)

秒速5センチメートル……新海誠プロデュースの短編連作アニメーション作品。兄がパソコンの壁紙にこの作品の壁紙を貼っていたので知った。美術は圧倒的に美しいが、そう感じさせないのは控えめな彩色をしているからか。3Dなどの特殊効果が非常に自然な形で使われている。個人的な感想を言わせて貰うと、ストーリー展開におもしろみがないのでそこのところはオススメできない。これから面白くなりそうだなと思ったときに作品が終わったので、最後にもうひと押しほしかった。しかし詩的な感覚に溢れた作品なので、そういった作品が好きな人とっては見る価値はあるかもしれない。(→2008.3.6)

NeoOfficeで縦書きを使うなら……NeoOfficeで縦書きレイアウトするには、最新版のNeoOfficeは向きません。なぜかはわからないですが、最新版では縦書き機能がチープなものになってしまっているからです。私は昔のバージョンのNeoOfficeを外付けハードディスクにインストールして必要なときだけそのハードディスクをつないで利用しています。なぜそんなめんどくさいことをしているかというと、NeoOfficeはMac OS Xインストーラを使っているので同じハードディスク内の別々の場所にインストールすることが出来ないからです。(2008.2.26)
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2008年06月10日

誤送2Beta Now Available

『誤送2』はかなり前このブログで公開した中編小説『誤送されてきた手紙』の増補版です。

  • この小説はまだ執筆中のものです。まだシナリオや設定、語り、構成におかしな所があります。執筆が完了するより早く不完全な状態のまま公開するものという意味でこれをBetaと名付けています。
  • この小説は完全に素人であるwhitecapsが独善的な趣味の範囲で書いたものであり、また、執筆中であるためクオリティーにはかなり疑問が残るところが多々あります。間違っても面白いのかなとか期待して読まないでください。正直、つまらない小説ですので。
  • この物語はフィクションです。文中に出てくる組織名・人物名などは実在のものではありません。また、この物語はエンターテイメント性を重視して書かれています。この物語中に出てくる主義・主張は一切実際の作者の主義とは関わりありません。
  • 本文のファイルはPDF形式です。PDFの読めるソフトを使って読んでください。PDFを読めるソフトとしてはAdobe Reader(無料でダウンロード可能)などが挙げられます。Macintoshを使っている人はプレビューでもいいでしょう。
  • このPDFは縦書きです。BlueSkyReaderというフリーソフトを使って即席で縦書きPDFにしました。ほんとはNeoOfficeとかで縦中横とかも吟味して縦書きにすべきなんでしょうけどめんどくさくてしていません。
  • ページの大きさ、文字の大きさはパソコンの画面上で読むように作ってあります。印刷用には作っていません。PDF閲覧ソフトでフルスクリーン表示機能を使うと快適に読めるかと思います。ページの綴じ方などは吟味して設定してはいませんので、たとえばAdobe Readerなどでは読み進めるのに矢印キーを文の流れとは逆の方向に押さなければいけないかもしれません。
  • この小説の著作権はwhitecapsに帰属します。著作権は現在は留保しますが、将来的にはCCライセンスなどで公開するかもしれません。そのときはテキストファイルも公開するかもしれません。
  • Safari(やたぶんIEも)などではファイルとしてダウンロードされずウィンドウ内に表示されると思いますが、メニューの[ファイル]→[別名で保存]を選べばローカルに保存できます。

あらすじ

暁はとある街に住んでいるソフトウェア会社に勤める新人の会社員。ある日その暁の元に見知らぬ人から間違えた宛先人の名前で手紙が届く。暁が一緒にアパートをルームシェアしている美佳は、俄然その手紙に興味を示し、二人は宛先人に書かれていた「寅部曉一」を探すことになる。二人は差出人の「成宝絵里子」に会えるのか。手紙の真相は――。


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2008年06月08日

オープンソースは魔法の粉ではない(3)

この記事は前記事の続きです。

――方向性に関しても障壁があります。小説ならば作者は自分の作品が勝手に変なシナリオに編集されて公開されたくないと思うものでしょう。作者は自分の管理下に作品を置きたいと思うものです。しかもそれは作品の潔白と方向性を守るものでもあります

アニメーションに関して言えば、声優は誰を雇えばいいのでしょう。もしかしたら無名の人で、最後に流れるクレジットによる自分の知名度の向上のためにボランティアでやってくれる人がいるかもしれませんが、そう言う話は聞いたことありませんし、想定もしにくいです。それに、作中の音声はどこのスタジオで録音するのでしょうか。これらも無償での制作を難しくします。

これらの単純な解決法は、寄付を募ることです。Wikipediaでもなんでも、寄付を要請し受け付けています。これらは上記の問題を解決してくれます。でも、私はこうも思います。寄付を払ったら、有償で買ったのとおんなじじゃないか、と。まあ、寄付は強制ではないので、それだけでもメリットにはなるかもしれませんが、やはり「おなじ」になってしまうと言うというと気分が悪いものです。

ここまでネガティブな話をしてきましたが、オープンソース的な活動で、絵という物に関して成功している例を紹介しましょう。Open Clip Art Library(英語)と言うサイトです。このサイトでは(先ほどは便宜上絵と言いましたが、絵と言うよりは)クリップアートを蓄積、公開しています。ちなみにファイル形式はPNGやSVGなどです。

◆ ◆ ◆


そもそも何にでもオープンソースを適用しようとする(私の)考えが間違っているのかもしれません。利潤を貰うことがそんなに悪いことなのかという気もします。労力をかけた人に利益が返ってくるのは本来自然なことです。お金というある一つのものさしで労力を考えるのが間違っているとは言えません。

オープンソースの目的が、ソフトウェアの発展と社会に対する利益であるならば、プロプライエタリ的なシステムのもたらすものも必ずしもそれに反するものではないはずとも言えます。金銭というシステムによって、成り立つ良循環もあるからです。実際に良循環なのかについては賛否両論あるかもしれませんが。

題にしたこの言葉は、オープンソースプロジェクトに関わったある企業の人が言った言葉だそうです。その人は「オープンソースにしたからって全てのソフトウェアプロジェクトがうまくいくわけではない」と言う意味でこの言葉を言いましたが、私はこの言葉を「いつでも何にでもオープンソース的思想を適用すればいいわけではない」と言う意味として捉えました。でも、それでもやっぱり私はオープンソースは好きだったり、するんですよね。

【最近図書館で『リナックスの革命』と言う本を借りたのですが、この本では、ハッカーたちが持つ価値観について語られていました。私はこの本を読んで、この記事で書いたことに追加または修正を加えなければいけないかもしれないと思っています。】

■(2008.5.23)

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2008年06月06日

AloneViewer1.4.1 Released

AloneViewer1.4.1リリース。ReadMeファイルも入っています。

AloneViewer1.4.1 Mac OS X版(176KB)無料ダウンロード↓


前リリースバージョンからの変更点
・バージョン1.4.1(2008.6.3)メニューを日本語化
・バージョン1.4.0(2008.6.1)メニューとキーボードショートカットを装備
ラベル:AloneViewer
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オープンソースは魔法の粉ではない(2)

この記事は前記事の続きです。

◆ ◆ ◆

――では、本題に入りましょう。オープンソースはどのようなコンテンツに対して有効なのでしょうか。

MozillaやGIMP、Linux、そしてその情報サイト版のオープンソースであるWikipediaを見ていればわかるとおり、オープンソースは成功を収めています。これは一般に言われていることの受け売りですが、これらのものは「集合知」の結果ということが言えると思います。つまり情報を公開して共有することによって活動が促進される場合のものがオープンソースに適している分野と言えるということです。

たとえばオープンソースは、同じコードを書くのに複数の努力をしないで済むという点が利点です。コードがプロプライエタリで企業が作っている場合、コードは利潤を生み出すものですから、外部には公開しません。つまり同じ機能を実現するコードが複数の企業内部で、並立的に作成されることになるのです。これはある意味無駄な労力です。コードが公開されていれば誰でもコードを使えるのですから、同じ機能を実現するコードが既にあればそれを利用して、無駄な労力をかける必要がなくなります。そうすればほんとにオリジナルな、新しい部分だけを書くために労力を使うことで、プロジェクトの効率を高めることができるでしょう。

◆ ◆ ◆

――私は何にでも一定の法則で対処しようと思う方なので、このオープンソースの考え方をいろいろなところに適用しようと考えました。たとえば、小説や音楽をオープンソースで作ったりとか、(アニメ好きの私ですから)アニメーション作品をオープンソースで作れないかと考えたりしたのです。

しかし、こういった試みはあまり聞きません。やはり、これらの分野にオープンソースを適用するのは問題がいろいろと考えられると思います。それは、作品を作るときにかかる労力と方向性、利潤の問題です。

まずオープンソースは人間の労力を消費します。どんなソフトウェアや作品を作るのにも労力が必要となります。どの形態の作品でも、作るのには時間がかかりますし、頭も使いますし、ストレスもかかります。人間の労力を消費すると言うことは、活動するために携わる人間を養うだけの食料(?)や資金が必要になると言うことです。

成果物を無償で配布するようなオープンソース活動でも、それを作るためには大抵世間から有償のリソースを持ってくることが必要になります。私のことを言えば、音楽を作るため(これはオープンソースではありませんが)にはGarageBandとそのJamPackを動かすためにCPU、メモリ、ハードディスク容量共に性能のいい機体が必要になります(私のiBook G4では再生すら出来ないことがよくあります)。これらはもちろんパソコンショップでただで配布されているわけではありません。Flashアニメーションならともかく、映像作品的なアニメーションを作ろうなんて言ったら、それこそMac ProとXserveが何台も必要になります。製作用のソフトウェア代だけでも馬鹿にならないでしょう。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。

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2008年06月04日

オープンソースは魔法の粉ではない(1)

※この記事では「オープンソース・ソフトウェア」という言葉をたびたび使っていますが、世間で言われているような厳密な定義には沿っていません。何となくそれっぽい使い方です。また、「コピーレフト」などの用語とほぼ同等に扱っています。

つもこのブログを読んでいる方(がいらっしゃるとしたら)にとってはもう何回も読んでいてくどく感じるかもしれませんが、私はオープンソースが好きです。テレビでLinuxを視て以来、GIMPに触れて以来、Mozillaに助けられて以来、それは変わっていません。そして私はコンピュータのソフトに限らない、あらゆる分野の思想に対してオープンソースの精神を適用しようとしてきました。しかし、いろいろと思索を巡らすうち、私は最近こうも思うようになっていきています。「オープンソースは魔法の粉ではない」と。それは、どういうコンテンツに対してオープンソースを適用すれば有効なのか、と言う悩みです。

◆ ◆ ◆

本題に入る前にオープンソースと個人の間に成り立つ利益関係について述べたいと思います。

私は長らくオープンソースに対して「ボランティア的な崇高な理想」を持ったものというふうに考えてきました。それがほんとかどうかはわかりませんが、しかし今私は、オープンソースには個人の損得勘定から見ても十分な利益形態があるのではないかと思うようになりました。

開発者のことを考えましょう。プロプライエタリな商用ソフトでは、開発者は企業などに所属し、開発という労働をして、その開発したソフトが生み出した金銭的利潤を報酬として手に入れます。

ではオープンソースではどうでしょう。開発者は苦労してソフトを作った割りには、名誉と自己満足以外何の利益も得てないようにも思えます。でも、実際にはオープンソースの開発者は利益を得ています。それは自分がそのソフトの開発に関わることによって他の人も開発に関わり、自分が苦労しないところでソフトが洗練され、しかも開発者は(オープンソースですから大抵)無償でそのソフトを利用できるようになると言うことです。つまり、個人内部からの視点で見ても、プロプライエタリでは金銭的利潤を、オープンソースでは他人の努力の結果も無償で利用できるという利益形態が成り立つと言うことです。オープンソースは決して無償の努力ではないということです。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。

ラベル:Linux GIMP Mozilla
posted by whitecaps at 13:46| Comment(0) | TrackBack(0) | コンピューター | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月02日

テスト:Flickrより写真のエンベッドテスト

Flickrより写真のエンベッドテスト。

空港のより奥へ 待機中の機体 止まれ
電線はつながって クリークのコンクリ橋から 整備員の会話
レトロなライト 鯉のぼり 暗がりの時計とパソコン
ラベル:flickr
posted by whitecaps at 12:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする