2009年04月28日

Skeleton Plan:『Cool Compact Desktop』

先日に前宣伝したコンピュータ関連の記事が出来ました。ブログ記事にするのには長すぎるので、Yahoo!ジオシティーズのサイト内にページをアップロードしました。超めんどくさがってXULversityのサイト構成に無理矢理くっつけたのですが……あとでどうにかしよう。

Skeleton Plan:『Cool Compact Desktop 〜あたらしいデスクトップの形』
※Yahoo!ジオシティーズの規約の関係で上記リンクはXULversityのサイトトップページにリンクしているので、そこから下側のリンクを辿ってください。

そのコード、異端か革命か(T)』は結局尻切れになってしまっていますが、このページはあの記事へのレスポンスのつもりです。ウザいくらいに新機軸のデスクトップ構想なので、まったくウザいくらいに……読んでみてください!


ラベル:Linux
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2009年04月23日

お知らせ:しばらく更新を休みます【09.4.23】

最近このブログの記事は詩とか哲学とかばっかですね。パソコンに関する記事のストックはあるにはあるのですが、かなり規模が大きめで、ブログに載せるのはどうかなって感じがしています。なのでこのブログの更新は再度しばらくお休みさせていただきたいと思います。

実は新しい長編小説の企画があって、その管理の始動で忙しかったりします。その小説はあまりにも構想が大きくて散在的なので、はっきり言って書き上げられるかどうか自信がないです。……でも、一応やってみるつもりです。
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2009年04月20日

私がベストセラーを読まない理由

私はどっちかというと図書館が好きで、本屋に行くと言うことはあまりありません。まあ、単に本は値段が高いから、と言う理由もありますし、情報を商業主義的なものとして扱うと言うことにたいして多少の抵抗感があった、と言うこともあります。

で、そんなことはどうでもいいのですが、私は特に本屋でも店の前面に目立つように飾られている本を読むことはないですし、図書館でも風の便りにベストセラーとかのうわさを聞いてもあまり読もうとは思いません。――一応ハリー・ポッターだけは読んだことあるのですが。

何で読まないのかって言うと、手に取って読んでみても面白そうに思えないからです。ベストセラーだからといっても実際他と比べて群を抜いて面白いと言うことはあまりないし、何となく自分とは趣味が合わないな、と思ったりすることもあります。

そして私は人気があるからとか言うことをあまり指標にしない方です。それは人気度というのは暴走する場合があると考えるからです。

例えばラーメン屋を思い浮かべてください、実際はちょっとしか違わないレベルの味なのに、その少しの差から集客に差が出る。そして店に人が並んでいるのを見て、こっちの方が人気があるんだと思ったヤジウマ根性的客がさらに並び、どんどん行列が長くなっていく。実際はちょっとしかうまくないのに、そのわずかな違いのために真夏の炎天下のもと(?)客たちは多大な時間と焦燥を消費して、ようやくごった返した店内でラーメンにありつく、と言うことになるわけです。私はそんなことするくらいなら、ちょっとしかまずくないラーメン屋ですばやく料理が出てきて、落ち着いてラーメンを食べた方がいいのではないか、と思ってしまいます。

これってバブルみたいなものですよね。ウサギバブルとか、あるいは寒天ブームであるとか、そういうもんじゃないでしょうか。実際のそのものの価値を無視して飛びついて値段をつり上げる、その余波で困ったことになる人もいるはずです。だから人気度という指標は実質を無視してふくらんでいきがちなのではないのかと私は思います。

まあ、でも私も人気という指標が重要なものであるということは理解しています。非常にシビアで厳正な面も持つとも思います。人気があってはじめてなりたつものもいろいろとあるでしょう。でも、私はハリー・ポッターは好きですし面白い小説だと思っていますが、それが他のものより抜きん出ているとは思わない、ただそれだけの疑問です。

■(2009.4.19)

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2009年04月17日

アレルヤとハレルヤ

昔書いた脳コマンド学について再び。

ときどきあると思うんですが、自分でも気づかないうちに何かをうまく操作してた、ってことありませんか? たとえばそれはテレビのリモコンだったり、腕時計のボタンだったり、パソコンの画面操作だったり、電灯の電気だったり、いろいろです。今これらは全て電気製品の例を挙げましたが、別に自転車に乗ることだって、鉛筆を使うことだって、コンロの火を調節することだって、そして歩くという動作だってそう言えることがあるとおもいます。私なんかはよくよく考えてみると、なんか体が勝手に動いているような気さえするな、とまで思うのですが、でも時々ミスをしたりなんかする時をのぞけば、それらは意思に沿ってうまく働いてくれます。

ガンダム00に関するWikipediaの記事に、「アレルヤは『思考』を、ハレルヤは『反射』を司り、2つの人格が共通の目的を持った時、真の超兵の力を発揮する」という記述があるのですが、これを読んで思いました。人間がいろいろと頭の中で理屈を巡らせて考えることと、先述の「何かをうまく操作してた」ということは、「思考と反射」の関係にあるのではないだろうか、と。

先輩へのメールにも書いたのですが、ギタリストってギターを弾くときほとんどギターを見ないんですね。コードを押さえるのにはフレットをきちんとそれぞれのコードの指遣いで押さえなければいけないのですが、大抵はフレットの所どころかギターの胴体さえ見ていません。それで間違えないどころか、同時に歌まで歌う人もいるわけです。全くの驚異ですが、でもたぶんこれにも「反射」というものが関わってくるように思います。

どんな人でも最初からコードの押さえ方を知っているわけではないでしょう。やはりギターを始めた頃はコード表とか見ながら押さえるもんだと思います。でも練習していくうちにだんだん無意識のうちに押さえられるようになって、最終的には見なくても間違えずに弾けるようになる。やっぱりこれって最初は意識上の「思考」だったものが無意識上の「反射」になっていってるのではないのかな、と思うのです。パソコンのキーボートのブラインドタッチとかもそうでしょう。最初は一個一個人差し指とかで押さえていたものが、慣れるとほとんど見なくても打てるようになります。

私は昔このブログで、作曲について(と言うか芸術全体がそうだと思うのですが)「論理と直感」という話を書きました。それはつまり何か芸術作品を作るには「センスを磨いて理論を学ぶ」みたいなことが肝要だ、と言う話なのですが、たぶんこれって、「思考と反射」と同じなんですね。直感って一種反射なわけです。

そして脳コマンド学的見地から言うと、「思考と反射」は「ソースコードとバイナリ」の関係とも言えます。ソースコードは可読で理解できますし、編集可能ですが、そのままだと実行スピードは遅いです。一方、バイナリはディスアセンブルしない限り理解不能で、そのままではプログラム編集は不可だが、実行速度や反応速度は速い。

私は『詩の心(後)』でも述べたとおり、理解できない理論は使いたくない方です。その理論にどのような不整合が潜んでいるかわからないし、それを無批判に使うことが、真実探求の心を阻害するようにさえ思うからです。オープンソース主義者がプロプライエタリなソフトウェアを使うことを拒むのも、それがどのようなプログラムとして出来ているか公開されていない、と言う「視界の不明瞭さ」を感じるところから来るのだと思います。

でも、先ほど書いたとおり、ソースコードがあって、コンパイルしてバイナリになって、それではじめて動く。どっちが重要とかじゃなく、きっとソースコードとバイナリって言うのは、切っても切れない関係なんだと思います。

■(2009.4.10)

ラベル:ガンダム00
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2009年04月14日

トキカケタイムライン

昨日私は本屋で柄にもなく『Newton』を読みふけりました。Newtonは豊富な図説で知られる科学雑誌です。私は最近芸術ばかりで科学どころか本すら読まないのですが、エリンの好奇心にあてられて、立ち読みであることも忘れて一時間ほどか読みふけりました。そういえば私は昔、時々図書館の雑誌コーナーでそのNewtonを読みふけっていたものです。まあ、昔は私もそんな人間だったんですね。

で、全部読むわけにもいかないので、「時間とはなにか」と言うテーマをあつかったセクションに限定して読みました。いろいろと考えさせられることが書いてあったのですが、私はその中の記述の一つ、相対性理論による「速く進む物体の時間は遅れる」と言う話をあらためて提示されることとなりました。そしてそのとき私は、そういえばそのことについて昔考えたことがあったよな、と言うことを思い出したんです。

たとえばの話ですが、学校で私が友達と話しているとします。そのとき私はその友達が目の前にいると感じているでしょう。しかし友達の方はどうでしょうか。もし友達がせかせかした人でいつも私より速く移動しているなら、その人の時間は微妙に遅れているかもしれません。その差を大げさにとらえれば、私が友達と話している間、その友達はすでにチャイムの音を聞いて次の授業に向かうべく廊下に飛び出しているかもしれないのです。

そしていつものような私に戻ってトキカケのことにも触れてみましょう。トキカケではタイムリープというものが出てきます。ようは時間を飛び越える、ドラえもんのタイムマシンと似たようなものです。そしてここで私が問題にしたいのはこのタイムリープが生み出す、個々人における時間差の問題です。普通に考えたなら、真琴が過去にタイムリープしてからそこにいる友達の友梨と話したなら、タイムリープ後の二人もやはり同時に話しているように考えられます。でも個々人が感じるタイムラインを絶対的なものとおいて考えたならどうでしょう。たとえ真琴が過去にタイムリープすると言っても、それは真琴がこれから感じる周りの環境の時間が過去に戻るだけです。真琴の感じるその時間軸自体はやはりそのまま進んでいます。そして真琴が過去の環境時間に戻っている間、真琴がタイムリープする前からつづく友梨の時間は、絶対時間、環境時間ともにそのまま未来へ進んでいきます。そうすると、やはりそこに同時に感じている(環境)時間のずれが生じるのです。

カムバックしてみると、これはとても科学的な話にもなり得ります。それはこのような思考をすると、たとえ相対性理論において時間がずれると言っても、やはりそれぞれが「今」感じているそれぞれの環境時間の存在があり、そしてそれは環境時間に左右されない「今」という絶対時間が存在する、と言うことも示しているからです。

この絶対時間は単に物理的な概念と言うよりも、感覚による時間と言えます。ただし時間がゆっくり進むように感じる、と言った要素には左右されるものではないでしょう。ゆっくり進むように感じたとしても、そのことを認識するための感覚に置ける絶対的な尺度はやはりあるからです。つまりこの感覚に置ける絶対時間は、人間にとっては何よりも等時性がある時間単位である、と言えるのではないかと思います。

■(2009.4.10)

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2009年04月12日

詩『吐息かすか』

教科書をバッグにしまうと
教室の明るい窓の前で
机に腰掛けて
友達と何気なく話す
君の姿がある

誰に話しかけられても笑っている
そんな君が口にするその言葉の一つ一つ
そのどれが本当の言葉なの?

遠くに見える君の姿を追い
暗がりの通路を走っていって
君の心に近づいていくほど、感じる距離

君がやさしいほど
私の心は不安になる

いつも、ほんとにごめんね
君を戸惑わせたり
困らせたり
わがまま言っても
君は文句一つ言わない

もしらしくない泣き言言っても
弱いところを見せられても
わたしは文句なんか言わないのに

太陽が君の顔に陰を作ると
私のまぶたの裏に
物陰で泣いているような
あなたの背中が見える

あなたは私の何?
わたしはあなたの何?

私のことなんか気遣わなくても
自分のことももっと話していいのよ
どんなささいな言葉だって
持てあましたりなんてしないんだから――

吐息かすかに
そっとバッグの紐を握ると
肩にそっとのせられた手
顔を上げると
いつものように微笑む
あなたがいた。

■(2009.4.7)

※いろんな意味で誤解されるといやなので、My Foot注を参照のこと。

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2009年04月10日

て言うか大橋さんですよ。

私はずっと前、tumblrの方に『芸術の模式図』と題した図のようなものを載せました。意味不明だな、と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、今回はその図が示している「芸術がどういうものであると捉えられるのか」ということについて私の考えを書いてみたいと思います。

まず、図を見てください。

芸術の模式図

では、この図を説明していきましょう。この図のうち箱のような長方形は、人間(あるいは会社のような組織のまとまり)を示しています。そして矢印は、情報の流れを示します。情報は上側から複数(この図では二本)入ってきて、人間の思考の中で混ざり合い、交差します、そしてそれらの情報は人間の関与によってその位置を変え再び外界へ出て行きます。

ここでまずわかることは、「入力なくして出力なし」ということです。例えば、パソコンにおいてプログラムのメソッドやコマンドというものは、何らかの入力(それはコマンドの呼び出し信号そのものだったり、あるいはそれの引数)がなければ動作しませんし、返り値を返すことももちろんありません。これは人間においても同様だと私は考えます。人間でも何らかの情報が入ってくる、またはそれをとどめた記憶のようなものがなければ、やはりそれらを外に出力することは出来ないということです。

第二にわかることは、同じ命題でも人が導き出す結論はそれぞれ異なるということです。実際にはどんなに近い環境でも各人が受け取る情報はやはり違うものですし、また、思考の回路が違えばやはり情報が同じでもその処理結果は変わってきます。これは同じ課題に対しても人によって解答が異なることを示しています。これらの処理回路は、最初どのような基礎回路があったか、それにどのような情報が入力されていったか、によって変化していくことでしょう。

そして注目すべきは中心の交差部分で新たに生まれている矢印です。やはりこれも外部に出力されています。実を言えばこの矢印こそが芸術における作品にあたるものだと私は考えています。この矢印は中心で他の矢印がクロスしたときに生まれます。他の矢印も出力されることは変わりませんが、新たに生まれているのはこの中心の矢印です。この矢印は、中で交差している他の複数の入力情報から生み出されます。しかしその情報自体は独自性があり、そこに新鮮さという要素が生み出されることになります。

二次著作というものをこの図に当てはめると、それはこれら三つの矢印全てが作品の中に含まれていると言うことになるでしょう。そして二次著作でない作品の矢印というのは、――たしかに他の矢印から生まれてはいるものの――新しい矢印であるオリジナルな中心の矢印のみ含んだ作品である、と言えます。

あるミュージシャンに「(アイデアが)溢れ出て来るっていうよりは、削り取って(作って)る感じなんですよ」という言葉がありましたが、それは人間は思考の中に入ってきた記憶や情報、感覚などのストックを元に、そこから作品を作っていくから、「消費していく」、削り取っているように感じるのだと私は思います。そしてストックを蓄え直すためには、やはり新しい環境を経験をして、新しい情報を入力していかないといけないと言うことなのではないのだろうかな、と。

私もこれからそうでないといけないのだと思っています。

■(2009.4.9)

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2009年04月08日

詩『春曇り』

君はいつも気むずかしそうに装って
少しの笑みもこぼさずに
誰にも寄りついてほしくない
そんなオーラを出している

誰とも分かり合うことはない
そう知っているように見える君
だから灯る明かりは まだ寂しい

いつのもバス通り――
気まずい雰囲気。
先を歩く君

ちょっと前の写真なのに
どこかあどけない感じの姿
僕がそんなバカみたいなことを言ったら
やっと君ははにかんでくれた

何かを贈ろうって
言葉を贈ろうって
いろいろ四苦八苦して考えてみるけど
何も言葉は見つからない

君という花言葉
僕には見つけだせられない
君は自分が誰だか知ってる
そんなのは僕の思いこみだったのかな

君は何に笑い 何に悲しむの
何が寂しいの 何が楽しいの
海辺の潮風 ビルに降る雪
君は寒くないの 何があったかいの

君ってどんな人なんだろ
心の奥では何を考えてんだろ
何を信じて生きているの
ごめん、僕にはわからないことだよね
でも、心のままの君を見てみたい

怒った顔は心の叫び
泣いた顔は都会の寂寞、空知らぬ雨
微笑みは誰かを幸せにしたい
真摯な気持ち

季節に逆らって
過去を引き出そうとも 君を思い出そうとも
桜木はただ、心せかすだけ
春の空は どこか違って

君の視線と吐く息は 時間に消えて行くまま
僕の吐く息は 葉っぱ一枚とばせやしない

■(2008.4.17)

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2009年04月05日

お知らせ:ブログデザインを変更しました【08.4.5】

ブログのスキンを変更しました。ほんとはSeesaaの[楓 想い出]というスキンが春らしくて良いかな、と思ったのですが、既に私のブログはワイドな幅を想定した記事設定になっているので、それは使えないと言うことで、結局またデザインを自作しました。いつまでも雪のテーマじゃダメだろうし。

北朝鮮がロケットを飛ばしたそうですね。わたしはこのまえ短編小説『ズラチナルーカ』なんてのを書いていますが、どうも私はBase Ball Bearの『ドラマチック』にハマっていてミサイルの方は実感がないです。テレビをもっと見るべきなんでしょうか。

スキンなんか作ってないで記事更新しろ!って事なんですが、このまま記事数が少なくなっていって、このスキンを作り直したい意味も消えていくとか……?
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2009年04月01日

Skeleton Plan:GBソングライティング機能

Skeleton Planは社会に対し、こういったやり方あるといいよな、という全くどうでもいいことを自分勝手に提唱して、誰かが(今回はApple?)勝手にやってくれるのを待つ企画の総称です。

作曲専用機能

GarageBand(以下GB)はそもそもループを組み合わせて曲を作るソフトなので、コード進行の多い曲作りは苦手なのですが、私はそう言う特性を完全無視してGBでもコード進行の多いジングルを作ることがあります。

で、そういうときそれぞれのリージョンにコード名(本来はリージョン特有の名前をつける)をつけてそのリージョンがどのコードなのか忘れないようにしているのですが、その時こう思いました。これを発展させたら面白い機能が出来る、と。

ちなみにこういった機能が既に装備されている音楽制作ソフトがあるかもしれませんが、わたしは基本的にGarageBandしかさわったことなくてその真偽がわからないので、とりあえず私なりの想像を文にしてみたいと思います。

実際の画面上の機能

まずGBの新規プロジェクト作成画面でその機能を使いながら作曲するためのプロジェクト形態を用意します。'09には[Song Writing]の項目がありますから、これから使えるようにするのが良いでしょう。そしてプロジェクト作成後にまず表示されるのは通常のメイン画面ではありません。まず、コードの順序を組み合わせるための画面を出します。

この画面では現行のiMovieのタイムラインのように曲のタイムラインを表示します。が、音符を表示する機能はありません。ここではタイムライン上にコードを置いていきます。例えば、EGDA…のようにです。

再生ボタンを押すとギターの音源などでコードの構成音が鳴るわけですが、それだけではダメですね。あらかじめ収録されているストロークパターンでそれを鳴らすことが出来るようにしてほしいです。(それぞれのパートでストロークを変えられたらなお良いですね)。そして再生時にはバックにオプションでドラムを入れられるようにしてリズムを掴みやすくさせてください。

コードを入力するときは音楽理論におけるコード進行の傾向に合わせて次のコードをGBが予測変換のように提案し、そこから選んで作成できるようにもします。パートごとにコードをグループ化して入れ替えたり複製したりも簡単にできるようにしましょう。

言いようによっては、これで弾き語りのうちの伴奏が作れる、と言うわけです。この画面で大体できあがったら、通常のプロジェクトに書き出します。そしてそのプロジェクトには先ほどのコード、ストロークで構成されたノートが記入されたリージョンが自動的に作成されます。コード名を何かしらの方法で記しておけばなおベターですね。そしてトラックエディタではノートの移動は基本的にコードの構成音にスナップします。(設定次第でコード構成音以外も作れると思いますが。)これでよりGBでもコードに沿った曲作りが簡単になるでしょう。

何でそんなこと思いついたか

コードの構成音にスナップする、というのは兄の大学の友達の人の話から発想を得ました。わたしがGBについて話したとき「そのソフトはコードに合わせて音を配置できる?」とその方は聞いてこられたんです。たぶんその話の筋から言って、そう言うソフトは既に何かあるのでしょうが、GBにはないので、こういう機能はどうだろうかなと思った次第です。

『MIDI vs. 生楽器』で、作曲での生ギターの重要性を書きましたが、どうしてもデジタルでやることに意義を見いだしたい私としては、こういう機能もあったらいいな、とも思ってしまいます。楽器を弾けない人でも曲が作れたなら、それはそれで素晴らしいことですし。

■(2009.3.31)

ラベル:GarageBand
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