2009年04月20日

私がベストセラーを読まない理由

私はどっちかというと図書館が好きで、本屋に行くと言うことはあまりありません。まあ、単に本は値段が高いから、と言う理由もありますし、情報を商業主義的なものとして扱うと言うことにたいして多少の抵抗感があった、と言うこともあります。

で、そんなことはどうでもいいのですが、私は特に本屋でも店の前面に目立つように飾られている本を読むことはないですし、図書館でも風の便りにベストセラーとかのうわさを聞いてもあまり読もうとは思いません。――一応ハリー・ポッターだけは読んだことあるのですが。

何で読まないのかって言うと、手に取って読んでみても面白そうに思えないからです。ベストセラーだからといっても実際他と比べて群を抜いて面白いと言うことはあまりないし、何となく自分とは趣味が合わないな、と思ったりすることもあります。

そして私は人気があるからとか言うことをあまり指標にしない方です。それは人気度というのは暴走する場合があると考えるからです。

例えばラーメン屋を思い浮かべてください、実際はちょっとしか違わないレベルの味なのに、その少しの差から集客に差が出る。そして店に人が並んでいるのを見て、こっちの方が人気があるんだと思ったヤジウマ根性的客がさらに並び、どんどん行列が長くなっていく。実際はちょっとしかうまくないのに、そのわずかな違いのために真夏の炎天下のもと(?)客たちは多大な時間と焦燥を消費して、ようやくごった返した店内でラーメンにありつく、と言うことになるわけです。私はそんなことするくらいなら、ちょっとしかまずくないラーメン屋ですばやく料理が出てきて、落ち着いてラーメンを食べた方がいいのではないか、と思ってしまいます。

これってバブルみたいなものですよね。ウサギバブルとか、あるいは寒天ブームであるとか、そういうもんじゃないでしょうか。実際のそのものの価値を無視して飛びついて値段をつり上げる、その余波で困ったことになる人もいるはずです。だから人気度という指標は実質を無視してふくらんでいきがちなのではないのかと私は思います。

まあ、でも私も人気という指標が重要なものであるということは理解しています。非常にシビアで厳正な面も持つとも思います。人気があってはじめてなりたつものもいろいろとあるでしょう。でも、私はハリー・ポッターは好きですし面白い小説だと思っていますが、それが他のものより抜きん出ているとは思わない、ただそれだけの疑問です。

■(2009.4.19)



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2009年03月28日

TVの、これから

一週間ほど前だったかな、と思いますが、NHKのシリーズ番組『日本の、これから』で、テレビはどうなっていくのか、と言う話題を扱っていました。つまり、インターネットやワンセグなどが発達していく中で、テレビに居場所はあるのか、ということです。

番組の冒頭で、居間にテレビが欲しくて古物屋から年代物のブラウン管テレビを買ってきてしまい、家族と立ち回りを演じたすえにようやくテレビを据え付けることに成功する、という老人のミニドラマの話がありましたが、年代によってはテレビにとても愛着や思い出を持っている、そういう人たちもいるんだろうな、とそれを見て思いました。

ただ、およそ今の私はインターネット派です。その情報量、双方向性、多様性、即応性から、これからのメディアの主役はインターネット以外にないと私は思っています。これはほぼ確信です。しかし、そんな私も昔は「インターネットなんて危険で、くだらない。テレビが一番のメディアだ」と思っていた頃があったのです。

わたしはNHKの歴史番組『その時歴史が動いた』(この前最終回を迎えたそうですが)を第一回から見ていたコアなファンでしたし、その兄弟番組のプロジェクトXもとても思い出のある番組です。今でも私はNHKスペシャルを越えるドキュメンタリーは存在しないとも思っています。そしてわたしは子供のころからチャンネルの中でも特にNHKが好きで、それを見るのが当たり前だと思っていたので、学校の先生が「うちは受信料払ってないからNHKは視ていない」と言っていたのを聞いてカルチャーショックを受けた記憶があります(笑)。

私はインターネットのメリットに双方向性を挙げましたが、私は一方向メディアであることは別に悪いことではないと思いますし、それが良さを持つことがあるとも思っています。およそテレビの中途半端な双方向機能は人気があるとは聞きませんし、その、なんていうか、「一方向を受け止める」という、そういう姿勢にも意味があるんじゃないかと思うんです。

私は子供のころ、大事な番組を見るときには体育座りをしてみていました。適当な気持ちではなく、その画面のすべてからあふれてくる、伝わってくる情報、質感、奥行きを、すべてこぼさずに捉えようとしたかったからです。私はその頃は頭の中でいちいち感想をつけながらテレビを見るということはしませんでした。それが良いことかと言うと違うとは思いますが、思考を停止してでもそれそのものを受け止めたかったんです。それって今から思っても人がメディアと関わるとき、時に重要になってくる姿勢なのではないかと私は思います。

実際のこれからのテレビの形態は変わっていくかもしれません、デジタル放送にしてもそうですし、コンピュータ関係からもApple TVとかYouTubeがテレビで見れるようになるとか、そういう話もいろいろあります。ただ、そう言った時代になっても、私は先述の姿勢を心の隅に置いておきたいと思っています。そして実際の番組制作においても、整った設備の中で実地でコンテンツを作る優位性を考えると、テレビ局はやはりこれからも番組製作の中心にありつづけるんじゃないかな、と思います。

■(2009.3.26)

ラベル:NHK
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2008年12月22日

北極の氷が溶けることと海面上昇は直接的には関係ない?

よく地球温暖化に関わる話として、北極の氷が溶けて海面が上昇しているという話がありますが、必ずしもこれは正しい言い方だとは言えないかもしれません。なぜなら、北極の氷が溶けても直接的には海面上昇には繋がらないかもしれないからです。

こう考えてみてください。ここに一つのコップがあります。中には水がなみなみとつがれていて、完全にコップの上の縁まで水が入っているとします。ちょうど表面張力で水がふくらんでいるような状態を想像してください。そしてそれだけではなく、このコップの中の水には氷が入っています。氷は水の上に浮き、水面から顔を出し、突き出ています。でも水はまだこぼれていない、そう言う状態です。

さて、この氷が溶けたらどうなるでしょうか。水が溢れてしまう!と思いますか? いいえ、結果は、水は溢れないのです。

なぜか説明しましょう。水というのはこんなにありふれた物質なのに、珍しい性質を持っていて、凍ると(つまり固体になると)体積が膨張します。水は氷になると大きくなるのです。氷が水に浮くのは同じ重さでも体積が大きくなると同じ大きさあたりでは相対的に軽くなるからです。また、水に浮いている氷で水からとびだしている部分というのはちょうどこの体積が増えた分となります。

そして氷は溶けると水になります。体積が小さくなるのです。つまりちょうど水からとびだしていた部分の氷が溶けると、ちょうどもとあった水面はそのまま保たれるということになるわけです。だから、水は氷が溶けてもコップぎりぎりに入ったまま、溢れないのです。

これを北極の氷に当てはめて考えるとこういう事になります。北極の氷は海に浮いています。だから北極の氷の海面から上に見えている部分は水が凍った結果として増えた分と言うことです。だから北極の氷が溶けても海面はそのまま、海面上昇は起こらないというわけです。

ただ、このことは氷が大陸の上にある南極では当てはまらないかもしれません。また、地球温暖化による海面の上昇の原因として考えられることは他にもあります。水は温められると体積が膨張します。地球の海全体の体積は非常に大きい(と言っても地球そのものの体積から比べれば微々たるものですが)ので、海の体積が増え、結果、海面が上昇するのです。つまり地球温暖化による海面上昇は、基本的に「物質があたためられると体積が増える」という性質から起こります。

また、海面上昇とは直接関わりありませんが、北極の氷が溶けると、氷は真水ですので近海の塩分濃度が低下します。そうすると深海を含めた地球全体にある深層海流というものが弱まり、極地では寒冷化、赤道付近では、温暖化が予想されると言う話もあります。

北極の氷が溶けても直接的には海面上昇には繋がらない、と言うことがわかっていただけたでしょうか。でも、結局は温暖化は海面を上昇させ、地球の環境を悪化させることもまた間違いないことです。

※今回この記事で書いたことは、昔どこかで読んだような気もするので、誰かがどこかで書いている既知の話かもしれません。それを紹介するという意味でもこの記事を書きました。

■(2008.12.6)

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2008年12月16日

食べると太るは本当か

先日学校で家庭科の授業がありました。フードマイレージについてとか、ソーセージに含まれている添加物の亜硝酸Naが発ガン性があるとか、いろいろと考えさせられることがたくさんあったのですが、その中の一つにあれ?と疑問が湧きました。

それは皆さんも常識として知っている、「食べると太る」と言う話です。つまり先生の話は運動をしてもあまりカロリーは消費されないので、食べ物を管理することで太りすぎを防ごう(の方が楽だよ)という話でした。

その話によると、例えば朝食を摂らないと体が自分が飢餓状態であると勘違いして、インシュリンを分泌してエネルギー効率をよくし、脂肪をためようとするので、結局は太ってしまうと言うことだそうです。

私が疑問を持ったのはそのことではなく、「食べると太る」と言うことです。こんなご時世にこんなことを言うとひんしゅくを買うかもしれませんが、私は食べても太りません。兄もそうです。学校で国語の先生に、痩せてると思われたらしくて「N君(私のことです)ちゃんと食べてる?」と聞かれましたが、私は食べ過ぎというくらい食べています。どうも私の体はエネルギー効率が非常に悪いらしく、食べても太らないようなのです。そこでこう思うわけです。「食べると太る」、は本当なのでしょうか?

私はこう考えます。人間の体には空腹中枢と満腹中枢があるそうですが、それらが食欲を調節します。また、先ほど言ったとおり、体はエネルギー効率を調節したりします。つまり、太りやすい人というのは、体の身体的傾向として、食欲が多かったり、エネルギー効率が良すぎて脂肪がたまったりするのではないでしょうか。それは本人の意志いかんに関わらないことです。反対に私のようなものは、エネルギー効率が悪かったり(私は食いまくるので食べすぎでないと言うことはないですが)して、太らない、ないしはやせすぎてるのではないでしょうか。

アメリカかどこかで飛行機の客室乗務員が太りすぎで解雇された、そしてそれが法廷で有効だと判断されたという話がありました。飛行機の客室乗務員は非常時に素早さが求められる職業でもあるので、これは仕方ないかもと私は思いますが、基本的に肥満の原因を本人の意志の強さの問題に求めるのは間違いだと思います。

中学の時の親友H哲よ。からかったりしてすまんかった。

■(2008.12.6)

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2008年10月01日

ディベートチャートの作り方

前このブログで『敵対的ディベートのスゝメ』と言うコラムを書きましたが、今回はその時触れたディベートの議論の内容を図示する方法について描きたいと思います。

ディベートの内容を図示することにはどんな意味があるでしょうか。それはともすればヒートアップして混乱しがちな議論を客観視し、大綱をつかむのに役立ちます。議論の構図がわかればより正確に、そして深い議論を行うことが出来ます。そしてそれはどちらの意見が優位なのか、次何を議論することが求められているのかまで明らかにします。

一般にディベートは意見と意見のぶつかり合いですから、大抵の人は図示するために中央に縦線を引き、その左右にぶつかり合う意見を書き並べることでしょう。しかしこの方法は実際のところ議論を整理するのには役立ちません。それはこの方法では「理由付け」というものを表す方法がないからです。

ディベートでは確かに相反する意見を扱いますし、それを図示することは必要です。しかしディベートでもっとも行われる思考は「理由付け」です。それぞれが自分の意見が正しいと言う理由をつけならべていくのです。理由はさらに理由によって理由付けされ、階層になっていきます。

と言うわけで、ディベートを図示する方法では「反論」と「理由付け」の二つのつながりによって表されます。私は一時期は階層型の文字列を矢印や線で結んだようなチャートを使っていました。

そのチャートでもいいのですが、よりベストなのは以下のようなチャートです。このチャートでは一つの意見が二つ以上の意見の反論や理由付けになっている場合でもまとめて図示できます。また、見やすいですしね。黒板に書くときは色を分けて使いましょう。

ディベートチャートのサンプル
クリックして拡大


この例では夫婦別姓制度にかんするチャートを作ってみました。自分の頭の中で勝手に作ったものなのでツッコミ所満載かもしれませんが、ご了承を。ちなみに私はこの議題のディベートを中学の時行ったときは、賛成派に入りました。なのでひいき目ですね。気にしないでください。

実際のディベートをリアルタイムに図示するときは、全ての意見を網羅して書くことは難しいでしょう。なので、大綱を図示するだけで満足することが必要になるかもしれません。あくまでも議論を整理できればいいので、ここは妥協するところです。以上がディベートを図示する方法でした。

■(2008.9.30)

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2008年05月07日

敵対的ディベートのスゝメ(3)

この記事は前記事の続きです。

――議論を交わす雰囲気はさながらTVタックルみたいなのを想像して貰うといいと思います。相反する意見が乱れ飛ぶような自由に議論できる雰囲気作りが必要です。本音に基づいているならばどんな攻撃的な意見でも重要です。ただし、それが誹謗中傷にならないように気をつけなければなりません。そして、どんなことがあっても暴力に発展してはいけません。こんなに本音で意見をぶつけているのに、こんなに言葉で攻撃しあっているのに、互いにルールは守り、暴力もふるわない。そうお互いが認識することによって、そこに理解と和解が生まれるのです。お互い誠意を持つことが必要です。

それぞれのグループで討論が終わったら、クラス全体に戻って結果を発表しましょう。それぞれの議題、出てきた意見をかいつまんで話し、結論を言います。敵対的ディベートでは結論が出ないこともあります。そう言った場合では次回の授業に持ち越ししたり、そこで議論を打ち切っても構わないでしょう。

私たちが捕鯨についてディベートを行ったときの結論を話しましょう。最初意見チームの人数はほぼ同じくらいに分かれたのですが、授業の最後で我々は一つの結論に達しました。それは、「鯨が絶滅の危機にあるなら捕鯨はやめるべきだし、そうでないなら捕鯨は問題ない。鯨の頭数に関しては様々な情報があり、絶滅しそうかどうかは我々には判断できない。」というものでした。

グループの中では一人、黒板に議論を整理して書き付ける人が必要です。これについては結構深い話になるので、またの機会に話しましょう。もしあなたが何事も極限して考える、完全主義者だったら、このディベートを図にして書き付けるということから、ある一つの真理を見つけ出すでしょう。それは「本当に正しいとは何か、何が正しいということの基準になるのか」という問いの答えです。

敵対的ディベートは、先ほども書いたとおり参加者にやる気がある人が参加しなければなりません。私の中学時代に、それが成り立ったということは、実はとても幸運なことだったのかもしれないと私は思っています。もし討論に対してやる気がある人があなたの周りにいるならば、敵対的ディベートをすることを考えてください。授業でなくても、部活としてやるのでも結構です。(我々はディベート部を立ち上げることはかないませんでしたが……。)きっと、本音と本音のぶつかり合いを通して、互いの理解を深めることが出来るはずです。■(2008.4.21)
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2008年05月05日

敵対的ディベートのスゝメ(2)

この記事は前記事の続きです。

――敵対的ディベートでは、ある人のその意見を成り立たせる全ての理由に関して、相手側に言い負かされた場合は、自分のチームを離れ、相手側、つまり反対の意見を言っているチームに強制的に編入することになります。強制的というと納得もしてないのに意見を変えることになるのではないかと思うかもしれませんが、その意見を成り立たせる理由を全て取り払われた人というのは、大抵相手側に移ってもいいと自然と思うようになるものです。敵対的ディベートでは議論上負けているのに黙ったまま自分のチームに所属したり、逃げたりすることはしてはいけません

敵対的ディベートでは、最後にどちらが勝ったか決める審判役の人はいりません。勝敗はそれぞれの意見チームに所属している人の人数で決めます。

敵対的ディベートで大事なのは、本音で語り合い、意見をぶつけることです。嘘偽りや建前があってはいけません。なので、敵対的ディベートには以下のような参加者が必要です。

  • 自分の意見を絶対だと思っている人
  • 自分の意見と違う意見を持っている人を強硬に攻撃する人
  • 攻撃されたときに、傷つく人

何でこんな意味不明な人たちが必要になるのかと思うかもしれませんが、これらは本音で意見をぶつけ合うのに必要な人たちです。敵対的ディベートを行う上で一番よくないのは、参加者が葬式の参列者のように冷めていて、議論が白熱しないことです。上記の人たちは、議論を白熱させる力を持っています。敵対的ディベートにおいて、これらの人たちは大事な人たちなのです。そして、以下のような人も必要です。

  • 議論を冷静に判断して、人間的な常識の見地に立って議論を断罪する人

議論がただ熱くなるだけではいけません。それでは暴走するおそれがあります。時々人間は熱くなると暴言や詭弁をいいます。これらに対して「それはおかしいだろ」と冷静に指摘する人が必要です。これらの人は議論が狂気に満ちあふれないようにブレーキをかける役割を持ちます。また、これらの人は意見ごとに二手に分かれるときに、人数が少ない側の人を気遣って、そのチームに参加してくれる人になるという大事な役目も持っています。敵対的ディベートでは各人がそれぞれの意見に沿って分かれるので、賛同者が少ない意見チームが出る場合があります。とくに参加者が攻撃にさらされるのをいやがって、その人が持っている意見に反するのに多人数側に付くといったことが起こるのは大問題です。そう言ったときに、「自分はどっち側でもいいんだけど」と言った人の中から少人数側に助太刀する人が現れることが必要なのです。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。

ラベル:ディベート
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2008年05月03日

敵対的ディベートのスゝメ(1)

は今はパソコンやアニメや芸術のことに入り浸っている人間ですが、一時はその攻撃的な性格を活かして、政治的な話題に積極的に関わることがありました。中学の時、政治好きの友達と一緒に選択科目でディベートをとり、激論を交わした時代があったのです。

ディベートとは、簡単に言うと討論のことです。ただ、手順というのが決まっていて、それに従って討論をすることになります。正式な形のディベートというのは、とても形式的です。インターネットなどで調べればわかると思いますが、ある議題に沿ってクジかなんかで決められたとおりに二手に分かれ、資料を調べ、司会者の許可を得て、順番に意見を発表します。最後に審判の人がどちらがよかったか挙手で判断します。

でも、学校の先生が正式なディベート形式を授業に導入する前、ディベートを選択でとっていた私たちは、自己流の方法でディベートをしていました。そしてこれがかなり面白くて、私は先生にこの方式に戻すように提案したほどです。学校の友達も、のちにこの自己流ディベートのことを『面白かった』と言っていました。いい名前が思いつかなかったので、便宜上ここではこの自己流ディベートのことを『敵対的ディベート』と呼びましょう。

その方法を紹介します。まず、正式なディベートというものはクラス全体で一つの議題を扱います。しかしこの方法だと人数の問題から実際の議論に関われる人は一部だけになってしまいます。なので敵対的ディベートでは、クラス全体で授業をするときなど、人数が多いときは人数を分けてグループを作ります。1グループは6人くらい、それぞれの意見チームは3人ずつぐらいがいいでしょう。グループで分けた場合、グループごとに別の議題を扱うことも出来ます。

そして、グループ内で相反する意見ごとに二手に分かれます。分かれるときはその人が信じる意見に従って分かれます。意見が別の要素で割り当てられることはありません。このことによってその人は自分が信じる考えから本音で意見を言うことが出来ます。――

この記事にはまだ続きがあります。続きは数日後に載せるつもりです。

ラベル:ディベート
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2008年01月28日

Skeleton Plan(公開版)

2005年10月18日〜

日頃日常の生活をしていると、ときどき「これはここをこうしたらいいのになぁ」といろいろとアイデアが思い浮かぶことがあります。でもそのアイデアによっ ては自分では実行することが出来ないものもあります。そこでネット上で公開して「誰か勝手にやってくれる人いないかなぁ」と他力本願で提案するのが、この 「Skeleton Plan」と私が名付けたものです。

Skeleton Plan自体は構想されてから数年の歳月が流れています。上記の「2005年10月18日〜」の記述がそれをよく表しているでしょう。Skeleton Planの中には、このブログで公開する予定の今より前に既に実現されたもの(iPod PDA→iPod touch)もありますし、実行する必要が無くなったもの、現在進行中のものもあります。また、「これはあまりにも自分の趣味だろ」とツッコミを入れたく なるくらい独断的なものもあります(たとえばMacのソフト関係)。でも、必ずしもこれらのプランは無意味なものではないでしょう。

では、実際にどんなプランがあるのか見ていただきたいと思うので、以下に表を作りました。この表はSkeleton Planの全てを載せているわけではありません。「独断的」なものを抜いたものです。(と言ってもまだそれっぽいのが入っていますが。)

※皆さんのお力添えを願っています。

プラン名
概要
備考
オンライン病気データベース
あらゆる病気に関するウィキサイト。症状名から検索して罹患している可 能性のある病気名の候補を表示。症状の詳細から原因、対処法の記載。掲示板などのコミュニティーの作成。
Wikipediaが既に病気に関して詳細な情報を提供していること、 病気情報専門サイトがなくても検索サイトの検索結果である程度の検索精度は持っていると言うことが、このプランのメリットを減らす。
オンライン書籍概要データベース
あらゆる本の情報の概要情報をデータベース化する。もっとも特徴的なの は、本を本棚に並べた状態の画像を見ながら本を選べるようにするところ。本の背見出しを見ることで直感的に本を選べるようにし、検索に頼らずユーザから見 た意外な役立つ本を見つけられるようにする。
通常の本の検索データベースとしては、Google BOOKSがその先陣を切っている。
被選挙権・選挙権を15歳以上に
若い意見を聞くために、選挙権を15才以上にする。また、議員の高齢傾 向を防ぐため、被選挙権も15才以上にする。
若い人が選挙権を持つと、イメージに左右されて投票しがちだという声が あるが、たとえ大人でもその傾向に陥りがちだし、それに一度それで失敗すれば、若い人でも慎重に投票するようになる。
新聞改革(小サイズ,表紙目次化,漫画一面,ホチキス止め)
新聞の製本形態の改革。現在の新聞は紙が大きすぎるので、新聞の大きさ を小さくする。一面はすべて中の記事の見出しとリーダー(概要)を書いた物にする。漫画を一面に持ってくる。このプランによって紙の大きさが小さくなった 新聞がバラバラにならないように、背をステープラーで止める。
ある新聞では、1面の見出し欄が拡張された。
酒をペットボトル販売


差出人住所不明時不配達オーダー制度
あらかじめ受取人から「差出人が不明な郵便物は配達しなくていい」とい う要望を受けていた場合、その後来た差出人が不明な郵便物をその受取人に配達しない。

マイナス投票
選挙の時の投票方式で、普通の票だけでなく、「その人には議員になって 欲しくない」と言う意味合いで、マイナスの票を投票できるようにする。

議員立候補0円制度
金権政治を一掃するため、議員立候補の時の供託金を廃止する。

公立校複数受験可制度
受験生が複数の公立校を受験できるようにする。

婚姻可能年齢男女平等化
民法の婚姻可能年齢を男女ともに同じ年齢にする。

小学教師分業授業制
小学校の授業も、上位校のように教科ごとに担当する先生を変える。

工事責任者表示プレート構造計算者表示義務づけ


自転車バックミラー


読みがな翻訳サービス
子供でも情報を得やすくなるように、ホームページ中の漢字にふりがなを 付けてページとして表示するサイトを作る。
Google翻訳のようなアプローチで。
HTML段組
HTMLで段組を利用できるようにする。
W3Cで規格化が予定されているらしい。
Mac Happy Birthdayアプリ
Macにおいて、誕生日の日のMac起動時に「Happy Birthday」と表示するソフトを作る。ちなみに正月には謹賀新年と表示する。
テストのためにシステムの時刻をいじらなければいけないので難しい
DVD栞機能


ランドセル廃止
小学校のランドセルを廃止する。

技術・家庭科分離
小学校・中学校の技術科と家庭科を分離する。

GUIコーディングソフト
GUIで操作するだけで、ソースコードを自動的に作成してくれるソフト を作る。
現在のIDEは、使いやすさを求めているわりには、面倒なコーディング はソフトを作るためには今でも必要。AutomatorやQuartz Composerなどを見本とする。ソースコードを打った方が速いという人もたくさんいるが……。Xcodeのデータモデルブラウザはこれを実現してい る。クラスブラウザにも編集機能があればいいのに。
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